多様な家族のかたちを受け入れるには何が必要か? 同性カップルの子育てから考える
■「みんな同じでなきゃいけない」社会は、窮屈で生きづらい
杉山麻里子さん
――アメリカでは子どもを軸にして、ゲイカップルと代理母や卵子提供者、レズビアンカップルと精子提供者、養子を迎えた同性カップルと生みの親などが交流を重ねる「拡大家族」という新しい家族のかたちが広まりはじめているようですが、家族が外に開かれることで、子どもや親に、どのような好影響がもたらされると思われますか?
杉山 異性婚のカップルも、養子縁組や第三者からの配偶子(精子・卵子)提供などで、親の両方もしくは片方と血縁がない子どもを育てることがありますが、同性カップルのほうが代理母や精子・卵子提供者、生みの親などと「拡大家族」として交流を持ち続ける傾向にあります。子どもの出自について隠そうと思えば隠せてしまう異性婚カップルと違って、ゲイビーの場合、親のどちらか、もしくはどちらとも血のつながりがないことが自明で、自分の出自について、いつか必ず疑問を抱くようになるわけです。その時に、自分の誕生に携わった人たちとつながりがあることで、子どもは「自分のこの性格や体質は、この人から受け継いでいるんだ」「自分は、生みの親に捨てられたわけではないんだ」ということが理解できます。「拡大家族」は、子どもの利益を考えた上で生まれたかたちだと思います。
育てている親からすれば、代理母や精子・卵子提供者、生みの親と付き合うのは、エネルギーがいりますし、親としての自分の存在が脅かされるかもしれないという心配もあるかもしれません。自分たちだけで育てたほうが楽なのでしょうが、子どもは「どんな人が自分を産んでくれたの?」とか「生みの親は、どこの誰なの?」と思った時に、小さい頃から交流があれば、そういう疑問を抱き続ける必要がないでしょうし、「産んでくれたお母さんは、自分のことを愛しているんだ」と肌で感じることができれば、子どもは自己肯定感を育むことができるのではないでしょうか。ゲイビーたちに話を聞いて、そう感じました。
――日本でも同性婚の議論以外に、子どもを持たない夫婦やシングル親家庭、国際結婚なども増えています。戦後から続く「標準世帯」が標準と言い切れない時代において、多様な家族のかたちを受け入れるためには、個人レベルで、どのような意識改革が必要だと思われますか?
杉山 「自分の家族と同じような家族とは付き合うけど、異なるタイプの家族とは接点を持とうとしない」ということが、しばしば見受けられますよね。そこから一歩踏み出して、自分とは違う人たちとも交流することで、「自分と変わらないんだ」とか「こんな見方もあるんだ」といった新たな発見が生まれると思います。それに、「みんな同じでなきゃいけない」って、なんか窮屈で、生きづらくありませんか? 多様な家族のかたちを認め合う寛容性こそ、誰もが生きやすい、持続可能な社会を可能にする、という意識を持つことが大切ではないでしょうか。
(末吉陽子)