腐乱死体と生活、殺害を“美しい物語”にすり替える「ラストダンス殺人事件」の女殺人犯
◎高校時代に駆け落ちしていた一葉
一葉は高卒の信託銀行職員の父と母の間に生まれ、3人姉妹の長女として平凡で、しかし仲の良い家族の間で育ったという。森茉莉に憧れ文学的知的興味は強かったものの、周囲の人は一葉に、おとなしく普通の子どもといったよい印象しか抱いていなかったという。
ただ高校時代、10歳ほど離れた男と駆け落ち騒動を起こしたことがあった。すぐに親に連れ戻されたがその時の動機が興味深い。
「相手の男性に真剣に求められたから」
そして大学進学と同時に源一郎に出会い、一葉は再び「真剣に求められた」。溺愛と極端な束縛、そして理屈の中に身を投じた。時には耐えられず何度も別れようともがいたが、しかし自らの優柔不断さ、弱さ、そして源一郎からの呪縛によって、結局は積極的に逃げることはしなかった。
逮捕後、一葉は殺害を自供したものの、しかしその動機は “心中”だと一貫して主張し、後追い自殺をアピールするかのように1週間ほど食事を摂らなかった。
実際に一葉は源一郎殺害後、睡眠薬を飲み手首を切った。プロパンガスを口から流し入れようともしたという。そして遺体を隠したのも、白骨化したら遺骨を粉にして一緒に身を投げようと思っていたとまで主張している。
しかも、驚くことに事件後一葉がメディアに寄せた手記(「微笑」84年3月31日号 4月14日号/祥伝社)によれば、源一郎は自分が殺されることを薄々わかっていたとも匂わせている。
「(殺害の時)記憶では、彼の抵抗はありませんでした。布団の中で、起きていたとも、眠っていたとも区別がつきません。なぜか、彼はそれを待っていたような気さえするのです」
こうした主張は刑を軽くするためなのか、または一葉の一方的な“物語”なのか結局は不明のままだ。しかし一葉もまた源一郎との“非凡な関係”に自ら酔っていたのではないか。
◎自分語りで美化される殺害
一葉は源一郎からの束縛の中で、源一郎の要求を満たせる自分を自負し、依存し、加えて“意識の高い自分”という自意識を満足させていたとも思える。2人は共鳴できる唯一の相手と思い込み、そして破滅へとひた走った。
もちろん、一葉は物理的に考えれば源一郎から“逃げられた”はずだ。しかし一葉はそれをしなかった。そして源一郎を消滅させることで決着をつけた。
裁判でも源一郎への思いを語り、“心中”を主張する一葉に対し、裁判官が「あなたの話は美しい物語を聞いているようだ」とそれを揶揄する一幕もあったという。源一郎が自分を大きな虚勢を張ったのと同様、一葉もまた自分の恋愛を美化し自己防御した。
「現代」(84年 4月号/講談社)には、源一郎の親しい友人による興味深いコメントが掲載されている。
「彼は彼にとっても最も理想的な死に方をしたんじゃないかな。大物になれる。きっとなるだろう、と周りに期待を抱かせるポーズをずっととりつづけてきた彼は次第に実質が要求される年齢になってきて、ポーズだけでは通用しないことに気づき始めていたんだ」
1985年1月22日、東京地裁で一葉は懲役9年の実刑判決を言い渡されたが、刑が重いことを理由に控訴。同年11月28日、東京高裁は一審よりも軽い懲役7年の判決を下し、刑が確定している。
(取材・文/神林広恵)