実母に複雑な感情を持つ娘たちが「母親」になって見つけた、「いい母親」の条件とは……
■完璧な母親はいない、謝罪できる人が「いい母親」
いまも母親への共感と反発が入り混じるようなルーシー監督の言葉を受け、川上氏は「日本語でそれを『反面教師』と呼んでいます。私も、愛情をオープンにして娘を育ててきました。でも日本で育てたからか、娘には『気持ち悪い』『親ばか』と言われたりして(笑)、母を反面教師にして本当によかったのか、という疑問もあるんです。(日米の)カルチャーの違いもあるかもしれません」と、自身の迷いを率直に漏らす。
そして、幼い頃から「出来の悪い娘」と言われ続け、幾度も家から締め出されて「母は本気で私を家から追い出したいのでは」と感じていたという川上氏も、母親に「私が経験した苦労に比べたら、あなたの苦労は大したことではない」「あなたも私と同じくらい我慢できるはず」と厳しく言われていたことを振り返る。「ある意味、戦後の厳しい環境によるトラウマ、戦争の後遺症なのかもしれない」と、我が子に生き抜いてほしいという自然な愛情が、必要以上のプレッシャーとして表れたのではないかと分析した。
国や時代によって「良い母親像」も「正しい教育」も変遷する。それを踏まえた上での、司会者からの「良い母親像とは?」という問いに、川上氏は「世の中に完璧な母親、間違えない母親なんていない。その時にできることを、精いっぱいするしかない。だからルーシーさんのお母さんのように、間違っていたことを『私が間違っていた』とはっきりと認められる母親は、良い母親だと思う」と答え、ルーシー監督が笑みを見せながらうなずいていたことが印象的だった。
映画の製作や介護、執筆を通して、母子関係の溝を少しずつ埋めることができた2人。両氏にとって、母との関係性を立て直す時の「一番大切なこと」とは何だったのだろうか?
「母の置かれた環境を見直し、タイムトラベルするように歴史を俯瞰してみること。親の歴史を知り、見つめ直すことは、自分のアイデンティティを知ることにもつながると思います。それは、とても大切なことですよ」(ルーシー監督)
「私は、“手放す”ことだと思います。親に言われたことで許せないことはたくさんあるけれど、許さなくていい。“手放そう”と決心できたことが大切なのです。私は母親に愛されていることは理解していたけど、その愛を受け入れられなかったんです。母親には、無条件に自分を認めてほしかったんですね。でも、そういう自分にも罪悪感を持たないで、自分自身で認めてあげられるようになれば、それが成熟なんだと思います」(川上氏)
トークショーの最後に「私もまだ、母親への葛藤を手放している途中の段階」と話していた川上氏。母親から傷つけられた記憶、そしてその葛藤は簡単に消えるものではない。それでも、母親が生きた時代や環境を深く知ることで、少しずつ手放していくことはできる。そんなことを実感できたトークショーだった。
(保田夏子)
■『不仲の母を介護し看取って気づいた人生でいちばん大切なこと』(著:川上澄江、監修:片町守男/マキノ出版)
末期がんを宣告された母。懸命に病気と闘う母に同情する一方で、幼いころから現在に至るまで母親に傷つけられ、振り回されてきた著者は、複雑な思いを抱いていた。「母を愛していない」と自覚していた著者が、介護や身取りを通して母親と、そして自分と向き合った葛藤を描いたノンフィクション。著者が学んだ、20の人生レッスンとは――。
■『七転び八起き‐アメリカへ渡った戦争花嫁物語』
(監督:ルーシー・クラフト、ケレン・カズマウスキー、キャサリン・トールバート)
戦後、駐留米兵と結婚して渡米し「戦争花嫁」と呼ばれた、5万人にも上る女性たち。戦争花嫁の長女として生まれた3人の米国人ジャーナリストが、数奇な運命をたどった母親の半生を追うことで、日米史の隠された一面を浮き彫りにするドキュメンタリー。日米両国にルーツを持つ母親と娘たちの対話から、新しい日米関係の存在が見えてくる。