コラム
映画レビュー[親子でもなく姉妹でもなく]

愛人に復讐する女×世間知らずの若い女――『危険な関係』に見る、女の黒い感情の終末

2016/05/31 22:00

 メルトイユ夫人はまず、若くて純朴な音楽教師、ダンスニー騎士(キアヌ・リーブス)をセシルに引き会わせ、2人が恋に落ちたのを見計らってボランジェ夫人に忠告。一方、ダンスニーとセシルの秘密の文通の仲買役を買って出たバルモンは、セシルに急接近しレイプ同然に処女を奪う一方で、トゥールベル夫人に熱烈なアプローチをかけ、夫人の心は次第に揺れ始める。

 悩むセシルから相談を受けたメルトイユ夫人は、「恥ずかしいなどと思わず、どの男ともうまくやればいいのだ」と吹き込んで安心させ、素直なセシルはバルモンの“性の手ほどき”を夜な夜な受け、ついに妊娠。道徳規範と芽生えた恋愛感情の間で苦しみ続けるトゥールベル夫人を、自殺までほのめかしてようやく陥落したバルモンは、彼女との熱い一夜をメルトイユ夫人に報告。バルモン本人が自覚しないままに恋に落ちていることを見抜いたメルトイユ夫人は、即刻別れるようプレッシャーをかけ、プレイボーイのプライドと名声を失いたくない一心から、バルモンはトゥールベル夫人を無理矢理袖にする。

 役目を果たした褒美として、自分と寝るように迫るバルモンをメルトイユ夫人は拒否、2人の間の亀裂は決定的なものとなる。そして、夫人がセシルとバルモンの関係をダンスニーに告げ口したことから、男2人は決闘、ダンスニーの剣に倒れたバルモンは、メルトイユ夫人の企みを暴露し、懺悔の言葉を残して絶命する。

 傷心のあまり重い病の床にあったトゥールベル夫人は、深い後悔のうちに息を引き取り、中絶したセシルは修道院に送り返され、瞬く間に広まったうわさによって、メルトイユ夫人は社交界での信用と名声を失う。「悪」は一応報いを受けるものの、登場人物が誰一人幸せにならない結末である。

◎地位にかかわらず断罪される女の性

 相手を口説き、悩ませ、散々翻弄した上で突き離す残酷な誘惑者、バルモンを突き動かしているのは、高めの女への征服欲とゲームの勝者でありたいという名誉欲だ。相手が難攻不落であればあるほど達成感が満たされ、勝利者としての面目を保てるのだ。

 バルモンの誘惑の手口は巧妙だが、欲望のかたちは単純である。そうした性質を知り抜いて私怨のために利用し、トゥールベル夫人と恋愛関係になったと知るや引き離しにかかり、更にバルモンの要求にも応えないメルトイユ夫人のほうが、はるかに面倒くさい内面をもっている。

 たとえばバルモンは、貞淑な貴婦人の間で悪評が立とうとプレイボーイであることを基本的には隠さない。彼が望むのは恋のゲームの達人として、常に社交界のうわさの的となり、若き同性たちからの憧憬を得ることだ。

 それに引き換え、メルトイユ夫人は威厳あるモラリストとしての仮面を手放さない。男の放蕩は羨ましがられても、女のそれはふしだらとして断罪されるからだ。社会的地位ではバルモンの上に立つ侯爵夫人であっても、このような性規範が厳然としてあることは嫌というほど知っている。従って、女であるメルトイユ夫人の計略は、信奉者を集め自らを安全地帯に置きながら、相手を入念に観察し、その心理を読んでコントロールする、綿密且つ狡猾なものになる。「女は殿方よりずっと利口でないと」ならないことを知っているメルトイユ夫人に、機智と企みと人心掌握で勝てる相手はいない。

 彼女がもし男だったら、有能な政治家や経済人として手腕を発揮していたかもしれない。女であったばかりに、社交界の陰湿な心理戦で暗躍するしかなかったのだ。セックスで“男の優位”を確認しようとするバルモンをきっぱりと拒絶し、「宣戦布告」するシーンは、むしろ痛快なほどだ。

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