コラム
映画レビュー[親子でもなく姉妹でもなく]

愛人に復讐する女×世間知らずの若い女――『危険な関係』に見る、女の黒い感情の終末

2016/05/31 22:00

――母と娘、姉と妹の関係は、物語で繰返し描かれてきました。それと同じように、他人同士の年上女と年下女の間にも、さまざまな出来事、ドラマがあります。教師・生徒、先輩・後輩、上司・部下という関係が前提としてあったとしても、そこには同性同士ゆえの共感もあれば、反発も生まれてくる。むしろそれは、血縁家族の間に生じる葛藤より、多様で複雑なものかもしれません。そんな「親子でもなく姉妹でもない」やや年齢の離れた女性同士の関係性に生まれる愛や嫉妬や尊敬や友情を、12本の映画を通して見つめていきます。(文・絵/大野左紀子)

■『危険な関係』(スティーブン・フリアーズ監督、1988) メルトイユ×トゥールベル

 ネットの世界でしばしば見られる「炎上」騒ぎ。炎は瞬く間に燃え広がり、当人にとっては取り返しのつかない事態となる。その一方では、絶妙なバランス感覚でSNSを泳ぎ回り、多くの信奉者を獲得する人もいる。

 こうした中で、不幸にも生まれてしまう嫉妬心と復讐心ほど、人の心に棲みつき蝕むものはないだろう。もてはやされている人を妬み、瑕疵(かし)をほじくり出そうとする人。批判されたことを根に持ち、何かにつけて揶揄や揚げ足取りをする人。それらの感情を見せかけの「良識」で粉飾して遂行しようとする人。

 ああ、こういう醜い真似だけはしないでおこう……と自分を戒めつつも、自身がそういう黒い感情とまったく無縁かと言えば、自信はない。そして、そんな自分の素顔と向き合うのも、かなり勇気がいるものだ。

 今回取り上げるのは、18世紀に書簡集形式で書かれたラクロの同名の小説が原作の『危険な関係』(スティーブン・フリアーズ監督、1988年)。復讐に燃える侯爵夫人とその元愛人が、若い女性2人に罠を仕掛け、不実の道に引きずり込んでいく恋愛心理小説の傑作だ。

 これまで何度か映画化されているが、中でもこのフリアーズ監督作品は脚本、美術、衣装、俳優の演技すべてにおいて完成度が高く、見応えがある。複雑なストーリーなので一通りおさらいしておこう。

◎手は汚さず復讐する女・メルトイユ夫人

 舞台は、フランス革命前夜の爛熟しきった社交界。そこでは、誘惑し誘惑される関係を楽しみ、決して真剣にはならず、複数恋愛も不倫も裏切りもありの「ゲームとしての恋愛」が流行していた。

 その道の達人でありながら表向きは人徳者として尊敬を集めるメルトイユ侯爵夫人(グレン・クローズ)は、元愛人でプレイボーイとして名高いバルモン子爵(ジョン・マルコヴィッチ)に、修道院から出たばかりの15歳の姪・セシル(ユマ・サーマン)を誘惑するようそそのかす。彼女の目的は、自分を捨ててセシルと婚約したバスティード伯爵への復讐だ。

 だがバルモンの目下の興味は、貞淑なトゥールベル法院長夫人(ミシェル・ファイファー)を落とすこと。謙虚さをアピールし「意外性」で彼女の心を掴もうとするバルモンだが、セシルの母であるボランジェ夫人が、トゥールベル夫人に自分の悪評を吹き込んでいることを知り、ボランジェ夫人への復讐のためにメルトイユ侯爵夫人と組むのを決意。以降、夫人はバルモンに細かい指令を出しながら、己の目的達成に邁進する。

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