「この子たち最高でしょ?」釜ヶ崎、子どもたちの“しんどさ”を包む「こどもの里」の姿
――この映画でクローズアップされる3人の子どもはどのように選ばれたのでしょう?
重江 半年くらいこどもの里を撮影しているうちに絞られてきましたね。こどもの里の事業には3つの柱があるんです。「子どもたちの遊びの場」として通ってくる中学生の男の子、「一時宿泊」をする保育園児の男の子、「こどもの里に住んでいる」高校生の女の子。彼らが3つの事業に当てはまり、また人間的にも魅力的だったので決めました。
――3人とも魅力的でした。
重江 中学生の子は明るく元気なお調子者で、僕が撮影していると、しょっちゅうカメラに絡んでくるんですよ(笑)。でも、普段元気に遊んでいる中でも、自分の内面や家庭内にしんどいことがあるというのは自覚していて、ときどき真面目に語りだすところもある。そんな一面を見せてくれるところが良かった。
まだ小さい男の子は、僕が里の撮影を始めた頃に来るようになった子で、もともとは地域の保育所から勧められて里に来たのですが、お母さん自身、育児に不安があり、時に手をあげてしまい、そして自身もしんどさを抱えながら生きているということは僕自身感じていて、カウンセリングに通ったりしながら育児をしていること知りました。お母さんは子どものために自分と闘っている。これはきっと同じ境遇のお母さんたちに勇気を与えるはずだと思い、お母さんに事情を説明して撮らせてもらうことになりました。
高校生の女の子も事情があって、親と一緒に暮らせず、こどもの里で里子として暮らしています。でも彼女はお母さんのことは大好きです。離れて暮らしていても、会える距離に親が住んでいて、いつでもお母さんに会えるということで、子どもは安心できるし、親の不安定さもやわらぐ。親子の縁が切れているわけじゃない。だから子どもは里親と暮らしても「見捨てられ感」を感じずにすむそうです。
■西成区は子ども事業の連携がとても強い
――こどもの里を立ち上げた荘保さんとの出会いで、印象深いことはありますか?
重江 全てです。出会ったときから衝撃的で……。初めてこどもの里に行ったとき「なんでこんなことしているんですか?」と聞いたら、「子どもが好きだからです!」とキッパリおっしゃったんですね。その気持ちが今でも続いている人です。こどもの里は行政ではなく荘保さんが立ち上げた施設。それってとても健全じゃないですか? ビジネスではなく、やりたいからやっているのですから。子どもたちに遊び場を提供したり、学ばせたりするだけじゃなく、子どもや親に何かあったときに対応できる状態は常に維持しているし、ほかの施設や団体、行政との横のつながりも大切にしている。貧困や虐待の会議に出席したり、講演したりして活動を続け、本当にすごい人です。里の子どもたちに「デメキン(荘保さんの愛称)ってどんな人?」って聞くと、「忙しい人」って即答でしたよ(笑)。
――横のつながりということは、こどもの里とほかの施設が連携されているのですね。
重江 釜ヶ崎のある西成区は、子ども事業のつながりがりがすごく強いです。こどもの里のような施設はほかにもありますし、お互い紹介しあっているようです。乳幼児の施設とこどもの里のつながり、要保護児童対策協議会という行政主体のつながり、民間の、ケースワーカーなどいろいろな子どものための団体のつながりがあります。
――荘保さんは里に来ている子どもたちの背景や事情など、全て把握しているんでしょうね。
重江 子ども一人ひとりと徹底的に向き合うとは言っていましたが、子どもたちが大きくなってから「あのとき、なぜあんなことをしていたか」などを本人たちが話すようになり、それで当時の事情を知ることも多かったそうで、「私は何も知らなかった、わかってなかった」と言っていました。「子どもたちにはたくさん教えられたし、生き方も変えてくれた。遊び場、一時宿泊、里親、全て子どもの「ニーズに合わせてきたから、こどもの里は子どもたちが作った」というのは、荘保さんの口癖です。「施設を作りましたから来てください」と、こちら側のルールに子どもたちを合わせるのではなく、子どもたちが必要としていることに合わせながら、こどもの里を作っていったんです。