「夫婦はあくまで他人同士」黒沢清監督が語る、『岸辺の旅』で見た家族像
――家族の関係性は普遍的なものでありつつ、極めてパーソナルなものでもあります。
黒沢 個人的には、家族は最小単位として一緒に暮らしてはいても、あくまで他人同士であると思うんです。他人同士がどのようにして信頼関係を築けるのか、あるいは築けないのか、築いたと思っても相手への不信感が出てきてしまう、それをどう乗り越えるのかといった葛藤は人間ドラマの永遠のテーマですよね。また現代日本は、社会の側にわかり易い目に見える問題、例えば戦争とか差別とか貧困とかですけど、そういう問題が隠されてしまっています。それゆえに、かつては揺るぎないものと思われていた家族制度のはらむ問題にいやでも目がいき、ドラマの主題になり易いのだと思います。
――この作品が大きな反響を呼んだのは、死んだ人間と生きている人間の境目というのを、実はすごく曖昧だと感じている人が多かったからだと思います。
黒沢 そうですね。これは原作の持つ力ですけども、映画の中の優介は、すでに死んでしまっているという点でどこか突き抜けた感じのキャラクターです。でも生前の優介は、人によっては理解しがたい複雑な人物ですよね。生前に抱えていた悩みや置かれていた状況、歯科医としてどんなストレスがあったのか、なぜ愛人を作ったのか、なぜ錯乱して自殺してしまったのか。そうした過去ははっきりと描いていませんが、死んだことでそれらが一度洗い流された姿として出てきたので、ある意味で生前の優介とは少し違った人になっていると思います。
瑞希にとっても、優介は生きていたら生臭くて面倒くさく、理解しがたくて腹立たしいと感じてしまうかもしれないけれど、死んだことでそれらを通り越した純粋な優介と、もう一度関係を再構築できたのではないかと。死を通して本当の優介にようやくちゃんと会えたのではないかと思います。
死とは決してネガティブなことではないかもしれないし、人間の理解というのはどこまでも深めていけるかもしれない。変な言い方になるかもしれませんが、生きている時は完全には理解できなかった相手であっても、死はそれを乗り越えるきっかけになるかもしれない、死によって完全な相互理解が築けるのではないか、それがこの映画で伝えたかったことだと言っていいでしょう。
(石狩ジュンコ)
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