「夫婦はあくまで他人同士」黒沢清監督が語る、『岸辺の旅』で見た家族像
湯本香樹実の同名小説を、深津絵里と浅野忠信によるダブル主演で映像化した映画『岸辺の旅』。ピアノ教師の瑞希(深津)は、3年前に理由を告げずに失踪した夫の優介(浅野)が突然家に帰ってきたことを機に、2人で優介の思い出の地を巡る旅に出る。「俺、死んだよ」と告げる優介に混乱しながらも、旅を通して新しい出会いやこれまで知らなかった秘密に触れ、今まで以上に優介を深く理解していく瑞希だが、旅の終わりは近づいていて――。
死んだ夫と生きる妻の切なくも美しいラブストーリーのメガホンを取ったのは、海外でも評価が高い黒沢清監督。黒沢監督は本作で、第68回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門監督賞を日本人で初受賞という快挙を果たす。その世界的な反響によってフランスでも劇場公開され、多くの観客の胸を打った本作。今回、4月20日に発売されるDVD化を機に、黒沢監督に作品のテーマ「家族」「夫婦」について話を聞いた。
――昨年10月に日本で公開されてから半年ほどたちましたが、あらためて本作についてどう感じますか。
黒沢清監督(以下、黒沢) 自分の中でとても大切な作品です。反響については、原作をストレートに映画にしたことでそれなりに成果があったなと実感しています。原作もこういう物語ですし、これまでも私自身が映画の中で、生身の俳優に死者を演じてもらうということは何度もやってきましたので、本作の表現を受け入れてもらえる確信は持っていました。ただ、よくあるラブストーリーとはだいぶ違うので、それを期待して見たお客さんの多くは驚いたかもしれませんね。
――本作は夫婦の話ですが、これまでも『アカルイミライ』や『トウキョウソナタ』など、家族の日常や不協和音を描いた作品をいくつか撮られています。家族の話については何かこだわりがあるのでしょうか。
黒沢 もちろん1組の夫婦にしろ、親子にしろ、家族というのは人間の最小単位ですから何かしらの形で出てくることはありますが、実は家族にのみ焦点を当てた話を積極的に描きたいわけではありません。映画ですから、大きな事件が起きたり映像映えしたりする物語の方がよいですし、そもそも家族の話って本人たちにとっては大問題ですが、他人から見たらどうでもいいという、下世話で日常的すぎて話がちまちましたものになりがちです。もちろん「こんな取るに足らない話を良くここまで面白くできるよなあ」と思う天才的な監督もいらっしゃいますけども(笑)。
ですが、この『岸辺の旅』は原作の力もあって、夫婦の微妙な関係を中心に据えながら、見慣れた日常からはちょっと離れた、純粋な2人の関係を表現できると思いました。1人が死者であること、そして2人で転々と旅をしていくというのが、たかが1組の夫婦の話といえども、普遍的な人間のドラマになっていると思います。