カルチャー
[官能小説レビュー]

渋谷の街中で性器露出、女装プレイも――『水を抱く』の過激シーンが切ないワケ

2016/03/14 19:00
『水を抱く』(新潮社)

 女がセックスをする理由は、ある意味2つある。1つは「生きる」ためのセックスだ。愛する男に抱かれて幸せな気持ちになったり、男に奉仕され、こちらも奉仕することで喜びを分け合う。あるいは行きずりの男と純粋にセックスだけを楽しみ、明日を生きる糧にする人もいるだろう。

 そしてもう1つは「死ぬ」ためのセックスである。恋人と別れたとき、どうしようもなく自暴自棄になっているとき――自分の中に潜む“負の部分”を抉り出すように、どうしようもない男とどうしようもないセックスをしたくなる。自殺願望にも似た感情が生まれ、体がバラバラになりそうなほどに弄ばれたくなるのだ。

 しかし、死とセックスを同時に渇望する女性には、「ボロボロになりたい」と思いながらも、どこか「希望を見いだしたい」という、対照的な思いを感じてしまう。

 今回ご紹介する『水を抱く』(新潮社)は、いやらしくも純愛が描かれている長編小説である。主人公の伊藤俊也は29歳の医療機器メーカーで営業職に就いている。結婚を考えている彼女の心が、自分から離れていることを直感した俊也は、とある人生相談サイトを利用する。そこで「ナギ」という年上の女性と知り合い意気投合、彼女に頬を舐められたことをきっかけに、2人は奇妙な「恋人同士」の関係へと発展する。

 背が低く、いつも黒い服だけを身にまとい、声をかけられれば誰とでも寝る奔放な女・ナギは、まるで幻のように俊也の前に現れては消えてしまう。携帯の番号とメールアドレスしか知らない彼女との交際は、今まで俊也が経験してきたものとはかけ離れていた。渋谷の真ん中で性器を露出、また女装をするよう強制されたり、いやらしい写真を送りつけられたり、秘密クラブでスワッピングまがいのことをしたり――それは「挿れない」行為ばかりで、ナギは決して俊也自身を受け入れようとしない。俊也は「ひとつになりたい」と懇願するが、ナギはまるで挿入することが「禁忌」であるかのように、「私と寝ると死ぬ」と断固として拒絶するのだ。これまで経験したことのない交際に翻弄される俊也――ナギとのプレイが好きなのか、それともナギ自身が好きなのか、彼自身もわからずにいた。

 そんなある日、俊也の自宅マンションに、「その女は死神だ」と書かれた一通の手紙が届く。手紙の送り主である見えないストーカーに怯えつつも、ナギに惹かれることは止められない。俊也はストーカーの存在をナギに伝え、その後も奇妙な交際を続ける。

 そんな中、俊也は上司から、医師である島波のクリニックとの契約を取り付けろと命令される。数回の商談のうちに、次第に島波と親しくなっていったが、彼は俊也の「心の闇」、すなわちナギとの異常な行為で目覚めた性癖に気づき始めていた――。

 真っ黒い服に身を包み、笑顔で過激なプレイを楽しむナギ。そんな性に奔放な彼女は、自ら進んで何らかの罰を受けているように感じた。ラストシーンで、彼女の秘密が明らかになるのだが、それを読むと、ナギの抱いている深い闇に対し、俊也は一筋の光だったことに気づく。その対比に強く心を打たれてしまった。

 ナギだけではなく、ある程度歳を重ねた女性は、知られたくない秘密の1つくらいは抱えている。しかし、男はそういった女の闇の部分を軽く考えがちで、曇った表情や、暗い文面のメールを送ると、すぐに「どうしたの?」と尋ねてくるが、それに100%の本心を打ち明けられる女は少ないように思う。自分の中にある闇を知ってほしいと思いながらも、男を巻き込ませたくないのかもしれない。

 「自分といるといけない」と感じたとき、自分よりも先に男を守る女と、皮肉なことに、最終的に自分自身を守る男。男は弱いと知りつつも、「守ってほしい」と微かな希望を抱いてしまう――そんな女の葛藤を感じられる1冊である。
(いしいのりえ)

最終更新:2016/03/14 19:00
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