江戸時代の女が夫の殺人計画を立てるまで――『真昼の心中』に感じた不倫する女の“絶頂”
女にとって、不倫の恋のつらさは今も昔も変わらない。現在では「婚外恋愛」という「不倫=恋愛」と位置付ける言葉もでき、不倫の敷居は低くなりつつあるが、女が不貞を働くことがご法度だった時代には「あの世で結ばれよう」と、心中を図る恋人たちも多くいた。現世で結ばれないのなら、来世で一緒になる――昔の男女は命懸けで相手を愛していたようにも感じられる。
今回ご紹介する『真昼の心中』(集英社)は、江戸時代に実在した事件をベースに、著者自身の解釈を加え、執筆された物語だ。7話収録の本書で表題作になっている『真夏の心中』の主人公・熊は、日本橋に構える店「白子屋」の一人娘。街で評判の器量よしで、店に500両を融資してくれるという男・又四郎を婿にもらうことになる。
しかし熊には愛し合う男がいた。熊の店で働く忠八である。熊は又四郎との結婚を拒絶していたが、母に泣きながら説得された。「持参金の500両で店がうまく回るようになったら、さっさと追い出してあげる。その後、忠八と、晴れて夫婦になればいいんです」。実は熊の母親もまた、熊と同じように婿をもらいながらも不倫関係を続けているのだ。
母にアドバイスを受けた熊は、政略結婚をしてからも、忠八との関係を続けていた。2年後、又四郎との間に子どもが生まれ、「白子屋」は何とか持ち直す。しかし、自分自身が美しいことを自覚し、身の回りのもの全てを美しく飾る熊にとって、外見内面ともに「つまらない」又四郎の存在は、いつまでたっても気にいらない。こうして熊は、忠八との心中を企てる。
呉服屋で心中のときに着る着物を仕立て、準備万端となったとき、熊は晒し場で晒し者になっている女性に直面する。そこにいたのは、心中をして生き残ってしまった二十歳すぎの女性の姿だった。
そんな見世物になった女性を見たとたん、心中計画から夫を殺す計画に変更した熊の心情は非常に生々しい。恋愛する女というものは、陶酔しているときには自己犠牲も厭わないが、ふと現実に戻ったときには、手のひらを返したように我が身を守る。熊が、全裸で大勢の人に晒され、笑われるくらいならば殺人者になろうとしたのは、必然なのかもしれない。
不倫という禁断の恋は、酔っているときこそが絶頂である。それは、頭の中が真っ白になり、体の輪郭を失うようなセックス時の感覚にも共通している。 しかし、その陶酔を“持続”させるにはどうすればいいのか……殺人者へと転じかけた熊を見ていると、その結末はやはり「あの世で結ばれる」しかないのかもしれないと思えた。
(いしいのりえ)