カルチャー
[官能小説レビュー]

田舎の少女が“性の特訓”で変貌――シンデレラストーリーとして読む官能小説『令嬢人形』

2015/10/13 17:45
『令嬢人形』(双葉文庫)

■今回の作品
『令嬢人形』(蒼井凜花、双葉社)

 冴えない主人公が1人の男性の手によって華麗に変貌してゆく“シンデレラストーリー”は、今も昔も健在だ。やはり女性は、自分の気づいていない魅力を誰かに開花させてもらいたいという思いが強いのだろうか、女性の手によって男性が変貌するという逆パターンの物語はほとんど存在しない。シンデレラストーリーが、常に世の女性から安定した人気があるのは「自分の中に秘めた何かがある」と密かに感じているからなのかもしれない。

 女としての魅力を開花させる最短手段は、セックスである。恋をすると女は美しくなると昔から言われているように、心も体も満たされるセックスを重ねると、女は自然と魅力を増す。女は男によってどんな形にも花開くことができるのだ。

 今回ご紹介する『令嬢人形』(双葉社)の舞台は、大正四年。秋田のとある田舎街で、両親に先立たれた主人公の山中ミツは、網元の屋敷で働いていた。美しいミツは、屋敷の跡取り息子である幹也に見初められ、無理矢理処女を奪われてしまう。

 ミツは幹也を誘惑したと勘違いされ、屋敷を追い出されて行き場をなくし、入水自殺を図ろうとするが、十河恭平と名乗る謎の男に助けられる。「東京で生き直してみないか」――恭平の提案に頷いたミツは、東京で第二の人生をスタートさせることになる。

 ミツが連れて来られたのは、とある瀟洒な洋館。「翡翠館」と呼ばれるその洋館には、美しいメイドと、月世と呼ばれるマダムがいた。恭平がミツをここに連れてきた理由は、彼女を完璧な“令嬢人形”に育て上げるため。成功者に買われるための知識と教養、品格を備えた女性に育つよう、ミツはさまざまな調教を受ける。

 翡翠館での日々を重ねてゆくほどに、次第に恭平への恋心に気づき始めたミツ。ある日、ミツは恭平に呼ばれ、彼の部屋を訪ねると、室内では愛する恭平とマダムが抱き合っていた。涙を流しながら2人の様子を見ていると、情事を終えた恭平は、マダムとのセックスを見ることが「特訓だ」と言い放つ。
 
 ミツは恭平に想いを寄せながら、その後もレディとしてのステップを踏んでゆく。最高級の“令嬢人形”になるため、あらゆる特訓を受けてゆくのだが――。

 作中には、下着をつけずに薄いドレス1枚で過ごしたり、恭平からオーラルセックスを学んだり、レズプレイがあったりと、官能小説らしい表現も多々あるけれど、秋田にいた頃は恋を知らなかったミツが、恭平を愛する気持ちを知り、彼のためにと頑張る姿がいじらしい。最初はおどおどしていたミツが、ラストシーンでは大勢の少女たちからあこがれの眼差しを受けるほど、凜とした女性に変貌する――そんな少女から1人の女性として堂々と開花してゆく様子は、同性として非常に爽快である。

 本書は、著者が得意とする“勃たせる”シチュエーションが盛りだくさんで、男性読者にとっては、ストレートに官能小説として面白いだろうが、女性である私たちも、別の視点で楽める。それは、本書の主軸である“シンデレラストーリー”だ。

 女がシンデレラストーリーに惹かれる理由は、自分自身を投影したい気持ちもあるかもしれないが、それ以上に、頑張る女性を応援したいと感じる気持ちもあるのではないだろうか。本書はそんなことに気づかせてくれる1冊である。
(いしいのりえ)

最終更新:2015/10/13 17:47
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