夫・河村隆一から“使用人扱い”! 公美夫人に見る、「苦労すれば愛される」の欺瞞
「何をされても、ライブを見ると苦労が吹っ飛ぶ」という夫人の存在をややこしくするのが、明石家さんまである。女性ゲストに「おいくつになられた?(年齢)」「こんなキレイな人が!(見た目)」「料理がうまかったら、オトコは帰ってくんねん(料理)」の3つを連発する、下半身と利便性でオンナを選ぶさんまにとって、 自分のしたい放題させてくれる美人は大好物であり、『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)では、「こういう人、もう1人いない?」と夫人を褒め称えた。
ゲストの浅野ゆう子も、どこまで本音かわからないが、「日本女性として素晴らしい」と追従した。2人の大物の発言を受けて、それまで「変なダンナで苦労するね」だったスタジオの雰囲気は、「夫人こそ、女性の鑑」に変わっていく。夫人の存在は「苦労するほど愛される」という苦労教信者のみならず、日夜愛される方法を模索する若い女性の心を刺激して、「ああいうふうに男の言うなりになれば、愛される」という刷り込みに変化していく可能性は大いにある。
河村の仕打ちから判断すると、夫人の結婚生活は苦労が絶えないと言えなくもないが、苦労ばかりとは私には思えない。その根拠が「チャンスだなと思って。こういう人と結婚する機会は、なかなかない」という発言である。ミス日本の後輩の紹介で知り合い、プロポーズもなしに両親に結婚の挨拶をしたエピソードを振り返っての発言だが、要は、河村隆一夫人になるかわりに、彼の傍若無人さを受け入れることを許したという意味である。ミス日本に輝くくらい美しく、言いなりになる妻がほしかった河村と、有名人に興味がなかったわけではない夫人の利害がうまく一致しており、苦労もしただろうが、夫人は“有名人の妻”という恩恵を受けているはずである。今風に言うと、有名人とプロ彼女(芸能界の仕事をしたことがあるが、目覚ましい代表作があるわけではない。芸能人にツテがあり、パーティーによく招かれるが、肩書は一般人)が結婚しただけの話である。
苦労しない結婚生活もないと思うが、わざわざ苦労する必要はないし、苦労は幸福を保証しない。どうせ苦労するなら、夫人のように確実に利益をキープして。昭和は遠くなったのに、なぜか一向に減ることのない、苦労教信者に進言したい。
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。最新刊は『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)。
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