カルチャー
[官能小説レビュー]

官能小説読みの視点で考える、BL小説『美しいこと』の恋愛とセックスで満たされる女の願望

2015/08/31 19:00

 松岡を女装した男だと気づいていない寛末は、切ないほどに一途な思いを松岡に向けてくる。早起きが苦手な“女”の松岡のためにモーニングコールを掛けて起こしたり、まっすぐに「好きだ」という気持ちをぶつけてきたりする。そんな寛末の思いに戸惑いながらも翻弄されてゆく松岡は、いつからか、1人の“人”として寛末と向き合い始める――。

 女装をした松岡と寛末のデートシーンは、筆者の胸を突き刺した。本当は男であることがばれないように、声を出さずに筆談で交わされる会話。まるで中学生同士のように初心なデートは、“性別”の嘘の上に成立している――それはあまりにもリスキーで非情な嘘だ。

 そんな松岡を見ていると、官能小説で描かれる男女間の嘘は、当人同士の決断次第で大抵はどうにかなるように思えてしまった。例えば実は既婚者だということを隠した不倫同士の恋も、離婚をすれば結ばれる可能性がある。年齢、収入、浮気など、あらゆる恋愛観の嘘を思い浮かべても、「性別」以外のほとんどの嘘は理性で解決できるものばかりだ。

 異性愛者の恋愛対象が同性になったとたん、その“人”が好きだという思いに真剣に向き合わなければならない。また一般的には、両親に、友人にも打ち明けにくい、2人きりで育まなければいけない恋。 BLは、そういった禁断の関係の延長線上にだけ存在する究極の愛のように思った。

 BL界の芥川賞作家とも言われる木原氏の作品は、決してBL好きの女性に優しくない。松岡と寛末が勤務する社内の同僚などからの「男同士の恋愛などあり得ない」という視線が多く盛り込まれるなど、「小説だから、男同士の恋愛にハードルはない」と一蹴させないのだ。そんな説得力あるリアリティを見せてくれるからこそ、普段BLを読まない筆者も、切ない2人の関係性やそのファンタジックな世界観により魅了され、あこがれれを抱いた。
 
 松岡が男だとばれた後、寛末は松岡を「男」として抱く。温厚な寛末からは想像もつかないほどの暴力的なセックスシーンは、その人が「子供でも、80の老人でも愛している」とまで思える女性に出会えなかった、そしてその相手は男である松岡だった、という寛末の苦悩を表しているようだ。

 「本気で誰かとぶつかりたい、でも相手がいない」――BLが愛される理由、そしてこの物語が多くの女性に愛される理由は、そんなピュアな思いを満たしてくれるからなのかもしれない。
(いしいのりえ)

最終更新:2015/08/31 19:00
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