カルチャー
『小林カツ代と栗原はるみ』著者インタビュー(後編)

なぜ「ていねいな暮らし」に憧れる人は梅仕事にいそしむのか? 「趣味としての料理」の変遷をたどる

2015/07/30 13:00

――「ku:nel」がフィクションであることに自覚的というのは、どういうところに表れているんですか?

阿古 だって真似できないでしょう、あの生活は。山の中に暮らしていても仕事やお金に困らないという状況もそうだし、あのセンスは相当な文化的経験がないとできない。マガジンハウスが提案するのは常にフィクションのような、文化度も可処分所得も高い一部の層だから実現できるものであって、実はセレブリティな暮らしなんですよ。

――憧れのライフスタイルといえば、現在は栗原はるみさんの支持層が厚く、次いで松浦弥太郎さん(※)の名前が挙がるかと思いますが、その次はどういった人が出てくると思われますか?

阿古 料理研究家でいうと、今勢いがあるのは『常備菜』(主婦と生活社)の飛田和緒さん。相模湾の近くに暮らしていらして、家族のためのご飯を作っている。高山なおみさんも固定ファンがいるのですが、彼女の場合は、家族という背景よりは、旅エッセイなど提案する内容への憧れですよね。栗原さんのように強いファン層を得るかと聞かれれば、ちょっと違う感じがします。

 松浦さんの場合は、彼自身のライフスタイルではなくて、彼が作り出して“見せる”ライフスタイルへの憧れですよね。「暮しの手帖」(暮しの手帖社)が連綿とつなげてきた、実は実現が難しい1950年代の専業主婦のような暮らし。その当時の専業主婦は「中流」といわれるけど、東京の城南に一戸建てを持っている層なので、そこまで大きなブームにはならないんじゃないのかなあ。

――栗原さんのように、料理や具体的なライフスタイルは知らなくても名前だけは知っている、という人が今後出てくるかっていうと……。

阿古 たぶん難しいですね。これだけライフスタイルが多様化してて、食の嗜好だって細分化されています。たとえばかつて小林カツ代さんが“ケチャップとソースを使って味を出す”と提唱できたぐらい、みんなが持っている調味料って、今は醤油くらいでしょう。醤油もスーパーで売っている普及品から、手作りの天然醸造まであるので、味も多様化しています。

――近年では料理研究家より、塩麹やココナッツオイルなどの食材に注目が集まるのは、そういったことが原因なのではと推測していました。

阿古 今はわりと短い周期で食材が出てきては廃れてますが、少しずつ蓄積されていますね。大部分が定番にならずに流れちゃうんだけど、下の方に少しずつ残り、食の地層を作ってるような感じ。誰かが引っ張っているというより、みんなでブームを作っているから、集合知を楽しむ時代を象徴するのは人ではなく、クックパッドなのかもしれません。時代が変われば人が出てくるかもしれないけど、今は見えないというのが正しいんでしょう。
(インタビュー・文=小島かほり)

※松浦弥太郎……文筆家。2006年~15年3月まで総合生活雑誌「暮しの手帖」の編集長を務め、4月からクックパッドに入社。身に着けるものから食べ物、そして生活までインスタントなものを排除し、“本物”を愛する一貫した姿勢が男女問わずに幅広い層から支持を得る。

阿古真理(あこ・まり)
1968年兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和の洋食 平成のカフェ飯 家庭料理の80年』『昭和育ちのおいしい記憶』『「和食」って何?』(いずれも筑摩書房)など。

『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』

高度成長期に人気を博した江上トミから、栗原はるみの息子・栗原心平まで、戦後日本の食文化をけん引してきた料理研究家の人生や、彼/彼女たちが台頭してきた社会背景を分析。料理研究家を追うことで、同時に時代ごとの女性の生き方の変遷をもたどっている。また、ビーフシチューのレシピを定点観測することで、料理研究家の思想・スタンスが対比しやすくなっている。


最終更新:2015/07/30 15:11
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