サイゾーウーマンカルチャー大人のぺいじ官能小説レビュー触れられないことで感じる“官能”の正体 カルチャー [官能小説レビュー] 触れられないことで感じられる官能――片思いの興奮が凝縮された『あなたとワルツを踊りたい』 2015/07/20 19:00 官能小説レビュー 『あなたとワルツを踊りたい』(早川書房) ■今回の官能小説 『あなたとワルツを踊りたい』(栗本薫、早川書房) 人が“官能”を感じるのは、キスやセックスの瞬間だけではない。肌を露出しなくとも、相手に心を受け入れられることがなくとも、官能を感じられることだってある。 今回ご紹介する『あなたとワルツを踊りたい』(早川書房)はOLのはづき、はづきをストーキングしている昌一、タレントのユウキの3人の登場人物の視点で物語が構成されている。 舞台はまだ携帯電話も“ストーカー”という言葉も存在していなかったバブル時代。物語は1本の電話から始まる。ひとり暮らしのはづきのアパートには、度々いたずら電話がかかってきて、受話器の向こうから聞こえる喘ぎ声に日々悩まされている。 恋人がいない処女のはづきにとって、一番大事な存在なのがタレントのユウキ。彼が出演する舞台を見に行くのはもちろん、あらゆる現場への入り待ちなどを行い、毎日ファンレターを書き続けている。その様子は、タレントを応援するファンの域を超え、1人の男性に愛情を注ぐ女のようにも見える。 そんなはづきをストーキングしているのがアパートの迎えに住む昌一だ。はづきがアパートの引っ越し作業をしていたとき、うっすらと汗が滲んだ彼女のTシャツ姿に欲情し、射精をしてしまう――その瞬間から、昌一ははづきに情熱を向けるようになった。四六時中彼女を見守り、電話をかけ続けているが、やがて昌一は、はづきが自分以外の誰かに思いを寄せていることに気付く――。 「あたしは、恋がしたいんだ」というはづきのセリフが非常に印象的だ。純粋な恋心は、ときに凶器となり、はづきの思いは、ユウキの心を疲弊させる。そして昌一のはづきに対する強い思いもまた、ユウキへの憎悪と変わっていく。登場人物たちの交錯する愛情。相手を思いやり、愛しんでいるにもかかわらず、その感情は真綿で首を締め付けるように相手を苦しめてゆく。 例えば、好意を寄せている相手に冷たくされたとき、愛してやまない相手が手の届かない存在であったとき、どれだけ声を上げて相手に思いを伝えたとしても、その気持ちが受け入れられることがないとき――そのもどかしさに、ぞくぞくしてしまうという経験はないだろうか。『あなたとワルツを踊りたい』に、そんな触れ合わない“官能”を感じるとともに、だから人は恋愛に翻弄されるのだろうと思った。 本作は、片思いをしている人にぜひ読んでいただきたい1冊である。まだ恋人になる前の関係のとき、好きな人とのことを妄想しているだけで心が満たされる、いつか触れられるかもしれない、いつか抱きしめられるかもしれないと想像を巡らせると、頭の中に描いたストーリーの登場人物である自分自身が輝いているように感じる――そんな感覚に身に覚えの人は、恐らく本作に向いている。 その興奮は、現実に恋人同士になってから得られることは少ない。相手は意思を持った生身の人間であり、自分の空想の中で生きるキャラクターではないからだ。1人だからこそ感じられる官能を、ぜひ味わってほしい。 (いしいのりえ) 最終更新:2015/07/20 19:00 Amazon 『あなたとワルツを踊りたい(ハヤカワ文庫JA)』 ジャニオタのあたちは身につまされる思い!! 関連記事 家庭ある男の自宅でセックスする昼顔妻――『妻たちのお菓子な恋』があぶり出す、女の甘さと性指一本で表現される静謐ないやらしさ――川端康成の『雪国』を“官能”として読むかつての先生への淡い恋心が“タブー”を生む! 高校教師の愛欲を知る『ももいろ女教師』『淫ら上司』に見る、スポーツクラブが男にも女にも“エロティック空間”なワケ男にとってEDは死活問題なのか? 渡辺淳一の自伝的小説に感じる“勃たない男”の滑稽さ 次の記事 京都・金福寺の必死すぎる看板芸 >