華やかでエロティックな遊郭を舞台に、花魁の愛と悲しみを描く『蝶のみちゆき』
女子マンガ研究家の小田真琴です。太洋社の「コミック発売予定一覧」によりますと、たとえば2015年1月には849点ものマンガが刊行されています。その中から一般読者が「なんかおもしろいマンガ」を探し当てるのは至難のワザ。この記事があなたの「なんかおもしろいマンガ」探しの一助になれば幸いであります。後編は単行本。1月のオススメと2月の注目作をご紹介します。
【1月のオススメ】年間ベスト級! 『蝶のみちゆき』に横溢する天才作家・高浜寛の凄み
2015年1月は近年まれに見る当たり月でした。前編で紹介した九井諒子先生の『ダンジョン飯』1(KADOKAWA/エンターブレイン)を筆頭に、以下の2作も年間ベストに食い込みうる高いクオリティを持った作品たちです。
「高浜寛」という作家をご存じでしょうか。バンド・デシネの国、フランスで高い評価を得ている寡作の天才作家です。うれしいことに近年はコンスタントに新作を発表しており、2013年の『四谷区花園町』(竹書房)に続く最新作が、1月30日に発売された『蝶のみちゆき』(リイド社)です。
時は幕末、作者の生まれ故郷にもほど近い長崎の丸山遊郭が舞台。「顔・床・手」どれをとっても右に出る者がいないと言われる当代一の花魁・几帳太夫は、ある秘密を抱えていました。彼女の秘められた愛と悲しみが、ひたすら華やかでエロティックな遊郭を背景に、見事な表現力でもって描かれていきます。
それにしても導入部のこの鮮やかさときたらどうでしょう。テーマの提示と緻密な伏線。禿(かむろ)のたまが履くぽっくり下駄の「カラン」「コロン」という音と、たまの動きで読者の視線をコントロールしながら、物語は遊郭の最深部へと瞬く間に侵入します。宙吊りにされたフラッシュバックのあれこれは、この本を読み終わるころには全て見事に回収されることでしょう。
悲しみや切なさといったやるせない感情がこの物語の通奏低音ではありますが、一方では几帳のささやかな幸せや喜びもまた十全に表現されます。その幸福感は主に過去の美しい思い出に起因するものなのですが、それがまた現在とのコントラストを残酷に浮かび上がらせ、そして来たるべき悲しい運命をより痛切なものとします。だけどやはり大切なのは、たとえ短い間だったとしても、几帳にも真に幸せな時代があったのだという厳粛な事実です。
この作品の刊行を記念して、リイド社のWebマガジン「トーチ」では、高浜寛先生の過去の作品を公開中です。こんなに出してしまっていいのかしら? というくらいの大盤振る舞いですが、初期の名作『かひなし魚の恋』あたりを読んでいただければ、その才能は全て諒解いただけるものと思います。『蝶のみちゆき』の冒頭も読むことができますので、ぜひご覧ください。また、ここには公開されていませんが、短編集『凪渡り 及びその他の短篇』(河出書房新社)は必読の1冊です。
新鋭・高野雀先生のメジャーデビュー作となる『さよならガールフレンド』(祥伝社)も素晴らしい1冊でした。新人離れしたテクニックと叙情性は、近い将来のさらなる傑作の誕生を予感させます。どこにでもあるような田舎町を舞台に、クールで斜に構えた優等生少女と、「ビッチ先輩」の異名を持つヤンキー少女との交流を描いた表題作は、甘酸っぱくて切ない極上のガール・ミーツ・ガール。こちらも祥伝社の特設サイトで未収録作品が公開されているので、ぜひお読みください。