根拠ない自信と希望的観測の“ドリーマー男”をめぐる、女たちの来し方と行く末
女子マンガ研究家の小田真琴です。太洋社の「コミック発売予定一覧」によりますと、たとえば2014年11月には1058点ものマンガが刊行されています。その中から一般読者が「なんかおもしろいマンガ」を探し当てるのは至難のワザ。この記事があなたの「なんかおもしろいマンガ」探しの一助になれば幸いであります。今回は年末年始の特別編です。
あっと驚くアイデアと高度な表現力とを惜しみなく詰め込んだショートショート集『ひきだしにテラリウム』(イースト・プレス)で、マンガ読みの度肝を抜いた九井諒子先生。待望の新作にして初めての長編『ダンジョン飯』1(KADOKAWA/エンターブレイン)は1月15日の発売直後に完売! 2月になって重版分が出回り始めたようですが、いやはや、すごい人気です。
ダンジョンの深層部で竜に食べられてしまった妹を救出に向かう、兄・ライオスとその仲間たち。お金も時間もない彼らは、仕方なくダンジョン内で食料を現地調達することにします。その「食料」とは、つまり魔物たち。それはアリなのかナシなのか、おいしいのかまずいのか、いまいちよくわからないままに奇妙なグルメツアーが始まります。
メジャーデビュー作『竜の学校は山の上』(イースト・プレス)や『竜のかわいい七つの子』(KADOKAWA/エンターブレイン)でもおなじみのRPG的な世界観に、九井先生が新たにのっけてきたのはまさかのグルメ要素でした。九井先生の「グルメ」といえば、例えば『ひきだしにテラリウム』の「記号を食べる」というエピソードが印象的です(「マトグロッソ」でまだ読めますので検索してみてください)。この作品で九井先生は、なんと○や△、□といった無味乾燥な記号を、いかにもおいしそうな食べものとして料理してみせたのです。これには心底びっくりいたしました。
その豪腕をもってすれば、グロテスクな魔物をおいしそうに見せることなんて朝飯前でしょうか? もちろんそんなに簡単なことではないと思うのですが、しかし『ダンジョン飯』に登場する魔物料理は、どれもとってもおいしそうです。おそらく一部の天才的なマンガ家は、読者の「快感のツボ」を熟知しているのでしょう。この曲線を、この影を、この太さで、この濃さで描けば、例えば「大サソリと歩き茸の水炊き」はおいしそうに見えるのだと、少なくとも九井先生はご存じのようです。逆に言えば私たちは○や△や□や、そして魔物たちを「おいしいに違いない」と思い込まされている。それは言うなれば「嘘の作り方」「嘘のレシピ」とでも言うべきものです。
マンガ表現に関して九井先生は、はなはだ自覚的です。現実以上にリアルな嘘を描き続け、そのスタンスがマンガ表現そのものへの批評ともなっている九井作品は、極上のエンターテインメント作品でありつつ、同時にすぐれた「メタマンガ」でもあると言えます。