中年が“病弱メイク”に挑戦も……人形のような白い肌に自己愛を発揮できなかったワケ
中年の病弱フェイスが完成!
ほんのり色づく程度にリップを塗り、ほんのりピンクのチークをはたいて、病弱メイク終了。なんとなく、この企画を聞いた時から、今回のオチは「日本エレキテル連合になっちゃった!」になるんだろうなと思っていた。だが、エレキテル連合はアラサー女子。私からしてみたら若人だ。鏡に映る私の病弱フェイスは、エレキテル連合からもほど遠く、芸者姿の志村けんのようだった。「ダメよ~ダメダメ」どころじゃない。いかりや長介の声で「ダメだこりゃ!」と聞こえた気がした。
さて、28歳であるJ子はどうなっただろう。チャッチャとメイクを済ませたJ子は、すでに自撮りに勤しんでいた。「口角を上げないで写真を撮るのって、難しいですね」とか言いながらも、なかなかの病弱っぷりだ。聞けばJ子は高校時代、ゴスロリだったらしく、人形メイクには馴染みがあったらしい。「演劇部時代には、白塗りで舞踏もやったんですよ☆」って、どんな人生歩んでんのよ? しかし、確かに上手なメイクではあるけれど、どうしても普段のJ子のメイクの方がいいように思える。それは、たぶん私が年を取ったからなのだろう。「病弱な私」にウットリできるような自己愛もなくなったし、シャレにならなくなったのだ。
長く生きて見聞を広めるということは、人生を豊潤にしてくれるが、「たくさんの不幸を見聞き体験する」という一面もある。親戚・友人の病気や死も見てしまった。自身の体にも、若い頃には想像もしなかった不調が何度もやってきた。父親は脳梗塞で倒れ、介護をする母の生活も十周年だ。年々、「健康って素晴らしい!」としみじみ実感してしまう。それは自分のことだけでなく、友人にだって思う。J子の肌だって、健康的な方がうれしいのだ。
病弱体験の数日後、友人の漫画家である魚喃キリコと電話で話していたら「ヤセたいんだよー」とキリコが言うので、私も共感した。しかし、どうもキリコの目標がハードすぎる。詳しく聞いてみると「一番ヤセていた二十歳の頃の体重」にしたいらしい。その発言を聞いて思わず「目を覚ませ!」と怒鳴ってしまった。そういえばキリコは、カラオケでよく「♪ツイッギーみたいにやせっぽちな私」と、ピチカート・ファイヴの曲を楽しげに歌っていたが、「やせっぽち」でも可愛いらしさを醸し出せるのは若い時だけである。同じ体重になったからって、同じ年齢になるワケじゃないのよ!!??
数年前、同じく40代の男友達が、15キロのダイエットに成功したことがあった。ジムに通って体重を絞ったらしく、確かにシャープな身体になっていた。本人は「20代前半の体重に戻ったよ!」と満足げだったが、どうも「若返った」という印象がしない。こそげ落ちた頬や、シワっぽくなった顔面が、むしろ「初老」を感じさせた。ふと、同じく10キロ近く体重が減った同年代の女友達のことを思い出す。本人は「こんなにヤセたのって人生初☆」と喜んでいたが、筋ばったデコルテには、やはり「老い」を感じてしまったものだ。「中年には中年のベストバランスがあるのかもしれない……」と気がつく出来事だった。「ヤセればハッピー☆」なんて、夢見る中年じゃいられないのである。
隙を見せれば、すぐに「老い」が入り込んでくる中年時代。我々は積極的に「楽しさ」を摂取しなければいけないのではないか……キリコとの白熱したダイエット会議の結果、そんな答えが導き出された。ヤセていようが太っていようが、「楽しそうな雰囲気」を醸し出さなければ、「病弱」なんてもんじゃないモノホンの「病気感」を漂わせてしまう。特に部屋にこもりがちな職業の我々は、「しばらく笑ってない生活」がすぐに顔に現れてしまう。「楽しい会話を心がけて、美しい中年時代を!」という誓いを立てて電話を切った。後に今回の病弱フェイスの自撮り写真をキリコに送ってみたところ、「バカ殿みたい☆」とバカウケした。「中年の病弱フェイス」……笑えるネタ作りとしてオススメだよ☆
大久保ニュー(おおくぼ・にゅー)
1970年東京都出身。漫画家。ゲイの男の子たちの恋愛や友情、女の赤裸々な本音を描いた作品を発表。著書に『坊や良い子だキスさせて1』(テラ出版)、『東京の男の子』(魚喃キリコ、安彦麻理絵共著/太田出版)などがある。
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