“お受験殺人”の名で隠された、「音羽幼児殺人事件」“ママの世界”の本質
■報道を混乱させた、もう1人の“ママ友”の闇“ママの世界”
ママ友の感情のもつれといっては簡単かもしれないが、しかしみつ子の感情はそれ以上のものだ。被害妄想、強迫観念、ストーカーのような恋慕の感情、みつ子が溜め込んだあまりに入り組んだ感情、ストレスはピークに達した。そして事件当日、幼稚園で偶然1人で遊んでいた遥ちゃんを見たみつ子は、とっさに遥ちゃんを抱き上げ公衆トイレに向かった。そして身につけていたマフラーで一気に首を絞め遥ちゃんを殺害。黒いバッグに入れて、一度自宅まで戻り、その後静岡の実家近くに、穴を掘り埋めたのだ。
この事件は、現在でも話題になるママ友やママカーストの“行き着く先”をも想起させるものだ。もちろん裁判においても宮川がみつ子をいじめたという事実はない。しかしお互いの生育歴も環境も、そして性格も違う女性たちが、お互いのことを深く知らないまま“ママ”というだけで結びつく。そこにはどうしても互いの子どもを比べ合い、夫の職業や収入が左右する“ママの世界”がある。
自分のパーソナリティや能力ではなく「子ども」や「夫」が最重要となる。だからこそ、嫉妬や些細な気持ちの行き違いが、取り返しのつかないところまでエスカレートしてしまうのかもしれない。
クロスするはずのない2人の女性が、ママ友として知り合ってしまった。そして一方の女性は心に深い闇を抱えていた。そんな悲劇だったのではないか。そしてママ友に関しては、もう1つ興味深いことがある。
冒頭に記したようにマスコミが“お受験殺人”と盛り上がった背景に、もう1人のママ友の存在があった。事件発覚後、幼稚園が箝口令を敷く中、ある1人のママ友だけが「お受験に失敗したみつ子は宮川ママと遥ちゃんに嫉妬していた」「お受験が彼女を追いつめた」とマスコミに積極的に語ったのだ。それだけでなく、2人の関係を「山田さんは宮川さんのグループからいじめを受けていた」「使いっ走りのような存在だった」と吹聴した。そのため一時はマスコミはこの女性のストーリーに乗って、“お受験殺人”と煽り、被害者遺族である宮川への誤解を招くような間違った報道を続けたのだ。このもう1人のママ友の存在は、もう1つの“ママ友の闇”を体現しているような気がしてならない。
この事件以降も、ママ友の関係はさらにエスカレートし激化しているように見える。先日の江角マキコ問題でもママ友との関係の拗れが全ての発端であり、その後は周囲のママ友も参戦して、盛んにマスコミに情報をリークした。
現在、日本において子どもをめぐる世界は閉鎖的だ。ママ友問題だけでなく虐待や子どもの貧困の連鎖、連れ去り、ネグレクトなども大きな社会問題となっている。そうした狭い世界だからこそ起こった悲劇――。少子化が危機的に叫ばれる現在、こうした環境には地域や行政、民間団体を挙げて取り組むしか方法はないのかもしれない。そして、遥ちゃんのような犠牲者を出さないためにも、孤立しがちな母親支援の取り組みもまた大きな必要性を感じる。
犯行から3日後、みつ子は夫に付き添われ警察に出頭、2002年11月26日に東京高裁で、懲役14年の実刑が確定した。
(取材・文/神林広恵)
参考文献:『ひびわれた仮面』(保坂渉、共同通信社)、『音羽「お受験」殺人』(歌代幸子、新潮社)