“お受験殺人”の名で隠された、「音羽幼児殺人事件」“ママの世界”の本質
■「子どもがいなくなれば、会わないですむ」
次第に宮川が傍にいるだけで、パニック状態になり、立ちくらみまで覚えるようにまでなる。宮川への“こだわり”はさらに強まった。四六時中、宮川のことが気になって気になって仕方がない、頭を離れない。
みつ子は遂に一種のストーカー行為まで行うようになる。宮川のマンションに行き、自転車があると「家にいる」と安心し、自転車がないと、「どこに行ったのか」と、気持ちが不安で落ち着かなくなったのだ。まるで恋いこがれる恋人が、自分だけを見ていてくれない、自分の家族だけを可愛がってくれない、そんな歪んだ恋愛にも似た感情がみつ子を支配していった。加えてみつ子の生真面目な性格もその感情に拍車をかけた。
こうしたみつ子の一方的とも思える心の闇に宮川は気づくはずはない。いや、宮川だけでなく誰だってそうだろう。ただ、宮川は法廷でこんなことを証言している。
「(みつ子と)一緒にいると息が詰まるような感じがして。性格がなんとなく合わない感じがするようになった」
みつ子の被害感情は日に日に増し、ついに「宮川がいなくなってしまえばいい」という殺意すら抱くようになる。しかし、みつ子はこうした宮川への感情を周囲に漏らすことはなく、いつものように振る舞ったという。他人からそんな感情を持っていることを気づかれてはいけない。恥ずかしい。みつ子はあくまで「いい母親」「いい妻」と思われなくてはならなかった。その相反する感情で、みつ子は常に緊張感と葛藤に苛まれたという。
ここまで追い込まれた心境になれば、宮川から離れる手段を考えてもよさそうなものだが、しかしみつ子は積極的に行動はできなかった。夫に愚痴のように話したこともあったが、ママ友との関係を夫が真剣に受け止めることはなかった。
相手の立場を思う想像力もなく、宮川に対し勝手にこだわり、憎しみを募らせていくみつ子。サッパリした性格の宮川の軽い言葉が気になって仕方がない。ちょっとした行き違いが、その後も頭から離れず、ずっとそのことばかり考えてしまう。それを外に吐き出すこともできない。
みつ子は宮川への殺意から、その対象を次第に遥ちゃんという弱い立場の幼児に向けていった。母娘を一体化し同一視した面もあっただろうが、体力的にみつ子が宮川を殺害するのは無理だと判断したとも考えられる。同時に、「遥ちゃんさえいなければ、宮川さんに会わずにすむ」というあまりに短絡的な思考だったことを、みつ子は法廷で語ってもいる。