「浮気常習犯」とみなされた矢口真里が、“女無頼”キャラになれなかったワケ
とはいっても、矢口は相当分が悪い。男は、女の思う何倍も“浮気する女”が嫌いという事実は、各ワイドショーのコメンテーターの発言に表れている。『ワイドナショー』(フジテレビ系)において、ヒロミは「1年半も休む必要はなかった」「芸能界は、真面目な人が入る世界じゃない」と、基本的には矢口を擁護したが、「この男の子だけは、大事にした方がいいと思うよ」とも発言した。「だけ」という強調の言葉は、非常に意味深である。ヒロミの中では、矢口はほかの男は大事にしてこなかっただろうが、この男「だけ」は大事にすべきというふうに、矢口=浮気を繰り返してきた常習犯という認識を、勝手に作り上げているのである。
矢口=浮気者という認識は、「味方」である宮根からも感じられる。宮根は矢口を持ち上げる一方で、脈絡なく、冒頭のように「昔からヤンチャやったやろ? そうやろな」と発言した。擁護するふりをしておきながら、宮根もまた矢口を根っからの浮気者と勝手にみなしている。2年前、宮根は隠し子の存在を週刊誌にすっぱ抜かれたことがある。つまり、宮根は立派な浮気者なわけだが、女の浮気には、否定的なのである。奇しくも宮根とヒロミは「今度、こういうこと(浮気)があった時」と仮定して話をしていたが、一度浮気する女はずっと浮気者という図式を、男が根強く持っていることもわかる。
ところで、芸能界に「女無頼キャラ」はいないと思う。「奔放な男性関係」と言えば、遠野なぎこが思い浮かぶが、彼女は無頼というより、精神的に不安定な人という方が正しいだろう。つまり、男出入りが激しいだけでは「無頼」にはなれないのだ。それでは、「女無頼」になるための条件とは何か。それは毎月、定収入をもたらす夫を持たず、かつ子どもを複数持ち、子どもを心から愛すことなのではないか。非常識な行動や、激しい男性関係は、深い子どもへの愛で相殺される。世間から、あんなことしてきたけど、すごく子どもをかわいがっていて、女一人で子どもを育てて偉いと思われる。それが「愛される無頼」の条件ではないだろうか。
無頼を目指すにしても、また単なる火遊びにしても、この世の中では女の浮気は代償が大きい。とにかくバレないように注意していただきたいものである。
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。
ブログ「もさ子の女たるもの」