メジャー俳優化への“抵抗”を捨て、攻め続ける小栗旬にハマった『信長協奏曲』
フジテレビの月9で放送されている『信長協奏曲』は、石井あゆみの人気漫画をドラマ化したものだ。物語は高校生のサブロー(小栗旬)が偶然、戦国時代にタイムスリップしてしまい、自分と同じ顔だった織田信長と入れ替わって生きていくというもの。
主演は小栗旬。脇役には向井理、柴咲コウ、山田孝之、柳楽優弥といったほかのドラマなら主演を務めてもおかしくない俳優たちが多数出演している。ここまで主演級の俳優が揃っていると、一瞬たりとも目を離すことができない。第3話では前田敦子が出演予定で、おそらくその後も人気俳優が次々と武将役で登場するのだろう。すでにアニメ版が放送され、ドラマ版の後は映画化も決まっている本作だが、キャスティングを見ているだけで、フジテレビが『信長協奏曲』というプロジェクトに力を入れているのが伝わってくる。
チーフ演出は『失恋ショコラティエ』(フジテレビ系)の松山博昭。脚本は『怪物くん』『妖怪人間ベム』(ともに日本テレビ系)の西田征史。漫画やアニメといった、先行する原作があるタイトルをドラマ化する際に、独自のアレンジを加えることで高い評価を受けてきた演出家と脚本家だ。
中でも面白いのは西田の脚色で、役者の個性を生かす形で、漫画のキャラクターに独自のアレンジを加えている。漫画では、主人公のサブローは登場時点から“うつけ者”と呼ばれた織田信長の性格をそのまま反映したような“天然”の性格だが、ドラマ版の冒頭では、何事にも逃げ腰の普通の高校生として描かれており、「現代人が戦国時代にタイムスリップしてしまった」という状況が際立つようになっている。
また、漫画ではおっとりとした温和なお姫さまとして描かれていた、斎藤道三(西田敏行)の娘・帰蝶は、柴咲コウの個性に合わせて強気の女性に脚色されている。第2話では斎藤道三と帰蝶の親子の物語が語られるが、帰蝶の性格が原作と正反対のため、物語の流れは同じでも、そこで描かれる葛藤がまったく別のものになるという、アクロバティックな展開が行われた。
原作モノのドラマ化は、原作のエッセンスを無視して「原作レイプ」と批判されるか、原作を忠実になぞろうとするあまり「原作の奴隷」になるか、の二極化になりがちだ。しかし、西田の脚色は、細かな改変はあっても、原作の核となる部分は外さないために「次はどんな手で来るのか?」と、楽しむことができる。
そもそも原作漫画の『信長協奏曲』自体が、戦国時代にサブローという現代人が介入することで史実が変わるという歴史改変モノとなっている。その意味で、漫画の同人誌のような二次創作に近い作品ともいえるが、ドラマ版は更に脚色を加えることで物語を書き換えている。つまり、どちらがより面白い物語を組み立てるかという、“ウィキペディアの上書き合戦”のようなネット上で行われている行為が、原作漫画とドラマの間で繰り広げられていて、それ自体が「歴史=物語の書き換え」という本作のモチーフと合致しているのが、隠れた面白さなのだ。もちろん、最大の魅力が小栗にあることは言うまでもない。