コラム
[連載]悪女の履歴書

20歳シングルマザーの貧困と孤立、“虐待の連鎖”が浮かび上がる「大阪2児放置・餓死事件」

2014/08/11 16:45

■早枝の罪とは、育児放棄のループとは

 この事件を丹念に追った『ルポ 虐待―大阪二児置き去り死事件』(杉山春著、筑摩書房)を読むと、早枝と実母はよく似ていることに驚かされる。精神的不安定さ、幸せを自分で壊してしまう言動、子どもへのネグレクト――。虐待は世代間で連鎖するといわれるが、早枝のケースもそれに当てはまる。幼い頃に母親が去り、父親は多忙、そして父の再婚相手からも愛情を受けることもない。そんな身勝手な大人たちのもとで育った早枝が、愛情飢餓や孤独を日常とし、そして現実逃避の癖がついたとしても、不思議ではない。

 実際、事件から8カ月後に週刊誌記者の面会に応じた早枝は「家族みんなでテーブルを囲んで、一家団欒という経験は、1度もありません。だから『いいお母さん』といっても、実際どういうものかはイメージが沸かないんです」(講談社「週刊現代」11年3月5日号)と語っている。社会で生活するため、生きていくための最低限必要な自尊心さえ、早枝は持ち合わせることなく育ってしまった。そんな女性がたった1人で幼い子ども2人を育てるのには壮絶な困難があったことは想像に難くない。それでも早枝は必死で子どもを守ろうとした。精神的不安定な実母から。子どもをぞんざいに扱う託児所から。

 そして子どもたちをマンションに閉じ込めた。安心して子どもたちを置く場所はここしかない。そんな早枝の最後の選択だった。早枝は逮捕後の取り調べや弁護士との接見で、重要な記憶やその時の自分の気持ちを「覚えていない。曖昧な感じ」と話したという。これを重要視した弁護側は裁判で早枝の精神鑑定を申請。その結果「重篤ではないが、“解離性障害”があった」との診断がなされている。

 これはある意味ネグレクトを解明する重要な鍵だ。「解離性障害」は多重人格とも言われ、「子ども時代、現実を直視することが困難なほどの虐待を受けた」ことが原因の1つとされる心の病だ。つらく困難な状況に置かれた子どもが、自己を防衛するため、そのつらい体験から自分を切り離そうとする。例えば虐待を受けているとき、「これは自分の身に起こっていることではない。別の子が怖くて嫌なことをされている」と思うことで、現実の恐怖をやり過ごす。これは幼い子どもが「生きていくため」の防衛手段の1つだが、この際に「別の人格」が形成され、記憶障害や、現実感がないなどの症状が伴うといわれている。

 早枝にもこうした症状があったとすれば、やはり原因は幼少期の虐待、ネグレクトにあったと考えるのが自然だ。育児放棄された子どもが、大人に母親になり子どもを産む。そして今度は自分の子どもを育児放棄する――。こうした連鎖を食い止めることこそが、今回のような悲惨な事件を防止する唯一の方法ではないか。だが、それには多くの困難が立ちはだかる。行政や児童相談所も手をこまねいているわけではないが、虐待は家族という密室の中で、絶対的権力者の大人によって行われていることだ。しかも、虐待された子どもが親を庇うことも多い。虐待されている子どもだけでなく、心に傷を負っているであろう虐待者にも配慮やカウンセリングが必要だ。

 こうした事件が起きる度、加害者個人の特有の問題と落とし込み、思考停止する風潮はいまだ強い。だが、それだけでは虐待事件はなくなることはないだろう。しかし、こうした背景や事情を考慮しないのは裁判所も同様だった。弁護側の精神鑑定結果にもかかわらず、裁判所はこれを採用することなかった。

 12年3月16日、大阪地裁。母親は子どもたちに対して「未必の殺意」があったと認定し、“虐待の連鎖”を考慮することもなく懲役30年という判決を言い渡した。早枝は控訴したが、13年3月に最高裁で懲役30年という厳しい刑が確定した。
(取材・文/神林広恵)

参考文献
『虐待』(杉山春著、ちくま書房)
「週刊現代」(講談社、11年3月5日号)

最終更新:2019/05/21 18:52
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