セックスで育てる女は“母”と重なる? 『そして二人は性の奴隷に』に読む、男の哀しさ
■今回の官能小説
『そして二人は性の奴隷に』(草凪優、KADOKAWA)
生まれてから、誰よりも近くで自分を育ててくれている母を「一番愛しい女」という男は少なくない。まるで絶対崇拝のように母を語る男を見ると、「どんな女であろうと母の座に座ることはできないんだろうな」と思ってしまう。しかし逆手に取れば、そんな男の母親崇拝は、男を落とすための最強の武器となるのではないだろうか。今回ご紹介する『そして二人は性の奴隷に』(KADOKAWA)にも、そんな女が登場する。
本作は、『突然 僕はあなたのしもべに』『やがてお前が俺の主人に』(同)と続いた三部作の完結編。ごく一般的なサラリーマンの遼一が、ひょんなことから絶世の美女・麗子と出会い、彼女のセックスに魅了され、墜ちてゆく姿が描かれている。遼一に決して体を触らせない麗子は、子犬を調教するように彼を“マゾヒスト”として開花させてゆく。そのせいで、遼一はフィアンセの奈央も職も失い、挙句の果てには、麗子が経営するセックス教団「ラブリング」を守るために麗子をかばって罪を被り、刑務所に入ってしまうのだ。
そして本作は、遼一が3年間の刑務所暮らしを終え、場末のソープランドの店主として再スタートを切るところから始まる。一度は「麗子のためなら死んでもいい」とまで思い愛情を注いできたが、彼女にとって大事なのは「ラブリング」であり、遼一ではなかった。刑務所に入っている間、麗子は手紙の1つも寄越さなかったのだ。
遼一の中にふつふつと復讐の念が沸いてくる。薄汚いソープランドの一室で寝泊まりしながら、遼一はその復讐として、麗子を犯すことを決意する。「ラブリング」で麗子の部下として働いていた真奈美を拉致し、麗子の居場所を吐かせ、ついに2人は3年振りに再会を果たすことになったのだが――。
1人の男を転落させるに足る麗子の魅力は、前作『やがてお前が俺の主人に』に登場した、遼一が同棲・婚約していたフィアンセの奈央と比べるとよくわかる。彼女たちが遼一にとって、いかに正反対な女なのかが面白いのだ。
奈央とは“生活”をともにする関係である。そのセックスも、妻として今後寄り添ってもらうための行為であり、それはつまり遼一が奈央を支配するものであった。ゆえに、遼一のマゾヒストの性癖を引き出すことは奈央にはできないのである。一方で麗子とは、育て・育てられる関係なのだろう。自分の中に潜んでいたマゾ気質を引き出してくれたという点で、麗子は“母親”なのかもしれない。
奈央を捨て、麗子に激しい執着を見せたのは、彼女の中にある母が遼一を包み込んだから。「いい女」と称される女は数あれど、男を最も狂わせてしまうのは「セックスで男を育てる母のような女」なのだと、麗子は教えてくれる。
(いしいのりえ)