[官能小説レビュー]

セックス中に“俯瞰”する女たち――『あなたのそばに』から考える女の本能

2014/05/19 19:15
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『六つの禁じられた悦楽』(宝島社文庫)

■今回の官能小説
『あなたのそばに』(葉月奏太、『六つの禁じられた悦楽』より)

 男は別れた女との思い出を、まるで引き出しにでもしまうように大事に取っておく生き物だという。では、女にとっての失恋とは何なのか? ロマンチストな男とは真逆で、女はリアリストだと言うのならば、さしずめ女にとっての失恋は、「次の恋愛につなげる大事なステップ」だろう。失恋=失敗と捉え、「なぜ失敗したのか?」そして「また同じ失敗をしないためには、どうすればいいか」に頭を悩ませる――女はそんな一面を持っているのかもしれない。

 今回ご紹介する、官能アンソロジー『六つの禁じられた悦楽』(宝島社文庫)に収録された『あなたのそばに』の主人公・梨香は、どこにでもいるような普通のOLだ。彼女は23歳の頃、2つ年上の彼・あっくんと交際していた。地味なOLの梨香にとって、病院勤めで忙しいあっくんの存在は眩しく見えた。手料理を作ってもてなしたりと尽くしていたが、ある日彼が二股をしている事実を知る。しかも自分は本命ではなく、単なる遊び相手だった。

 彼のことが忘れられず、梨香はバーに1人入り浸るようになる。多くの男が声をかけてきた中、彼女が選んだのは下村という男だった。文具メーカーで総務部長として勤務している彼は、20年前に妻を亡くし、以来再婚もせずに独身のままでいた。年齢差のある下村と梨香。彼はなかなか距離を縮めようとはしなかったが、知り合ってから半年後、ついに「梨香のために部屋を取った」と彼女を誘った。

 初めての男とする、初めてのセックス。それは無意識のうちに、過去の男のセックスを呼び起こす。下村の愛撫を受けながら、あっくんとのセックスを回想する梨香。あっくんが初めての男だった梨香にとって、下村のとろけるような優しいセックスは、初めての体験だった。あっくんのセックスは、彼主導で一方的、梨香が感じるかどうかなどはお構いなしで、彼自身の性欲を昇華することだけが優先されていたからだ。下村に抱かれることで、自分自身が感じることを知り、セックスの心地よさを知った梨香。彼女は初めての快感に陶酔し、下村に心も体も委ねるのだが――?

 今まさに男に抱かれているのに、自分を俯瞰視できるのは、女特有の習性だろう。「射精」というゴールに向かって突き進む男とは違って、女のセックスは没頭しているようでも、どこか冷静な部分がある。「過去の私よりも、今の私の方が、いい男に抱かれていると満足したい」という欲望により、心の中で男を“採点”してしまうことだってあるのだ。


 男は、まさか自分の腕の中で喘いでいる女が、ほかの男のことを考えているなど、夢にも思わないだろうが、絶対的な賞味期限がある女には、「その期限内に、できるだけいい男に自分を売らなければ」という本能があるのだ。

 体を重ねた向こう側に、無意識に自分自身の未来を見なければならないという複雑さに、セックスが、性欲の解消や愛情の確かめ合いといったシンプルなものだったらいいのにと思うこともある。

 けれど好きな人に抱かれている間、不意に元カレとのセックスを思い返し比較してしまうことは、決して悪いことではない。『あなたのそばに』は、「それは女の本能だからしょうがない」と思わせてくれる作品である。
(いしいのりえ)

最終更新:2014/05/19 19:45
『六つの禁じられた悦楽(宝島社文庫「この官能小説がすごい!」シリーズ)』
「あ、毛の処理したな~」って気づくくらいは冷静です