コラム
【連載】ブラック企業<黒の社則>

恋愛感情で新卒採用、意味不明の誓約書――ベンチャー企業のブラックすぎるワンマン社長

2014/05/06 16:00

 企業といえども、法律や社会常識が優先することは当たり前である。にもかかわらず、「社内では自分が絶対。自分が法律でルール」などと思い込んでいる悪しき経営者がいることは事実である。だがMさんは、社長への怒りと同時に、就活時にそれを見抜けなかった自分自身を責めたという。

「新卒採用が冷え込んでいた時期に、ようやく内定を得て入った会社だったので、本当にショックでした。まさか入社初日に、先輩に『辞めた方がいい』と言われるなんて……。就活の面接時に、どうして気付けなかったんだろうとも思いましたが、あの時は内定を取るのに必死で必死で、とてもそこまで頭が回りませんでした」

 本来ならば、新卒者は企業から“選ばれる”だけではなく、“選ぶ”立場でもあるはず。しかし、近年の就職難は、学生を「とにかくまず内定を取らなければ」と追い詰めてしまったのだ。

 結局、新人たちはこの「誓約書」を書かずに済み、ここまでなら、社長の「ふざけ半分」で済んだかもしれない。だがこの勘違い社長の暴走は、これだけでは終わらなかったのである。

 Mさんが社長の行動を「おかしい」と感じたのは、ほかにもある。入って1カ月にも満たない新入社員のKさんが、電話の取り次ぎでミスをしてしまったという。新入社員ではありがちなミスで、直属の上司からは「次回からは気をつけて」とたった一言注意を受ける程度だったが、社長はこれに激怒。「お前のミスで、どれだけ私の時間が損なわれると思っているのだ!」と、その社員を2時間社長室で罵倒した。その声は、ほかの社員にも聞こえるほどだったという。

 翌日、社長はさらなる追い打ちをかけてきた。Kさんに、ある書類が手渡されたのだ。そこには、「昨日の伝言ミスの責任を取ってもらうため、土曜日と日曜日にも出社するように」という内容が記されていたというのだ。

 いうまでもなく、この場合、社長がKさんにそんな責任を追及できるわけがない。根拠もなく「土日も出社しろ」などと命じるのは、明らかに逸脱した発言である。

 この理不尽な要求には、Kさんも、そしてMさんをはじめとする新入社員も、怒りを覚えないわけにはいかず、「メチャクチャだ」と意気投合。その行為をほかの社員たちに訴えた。しかし、その反応はMさんいわく「期待はずれだった」そうだ。

「『こんなことが社長に知られたら、もっとひどいことをされると思うよ』といった冷ややかなものでしたね。もうこの会社はダメだと思いました。これ、まだ入社して1カ月もたっていない時の話なんですよ。その後も社長は、新入社員がミスをした時だけでなく、何か意見を言おうものならば、あの誓約書をちらつかせてきました」

■「女性に優しい」というセクハラ社長の勘違い

 そんな常軌を逸した社長について、Mさんは、「でも、最も嫌悪感を感じたのは、女性社員を、まるで自分の愛人のように扱うところでしたね」と振り返る。

「社長は基本的に女好き。社内には何人かお気に入りの女性がいて、まだ就業時間中なのに、その女性たちを『今から買い物に付き合ってくれ』『君にも何か買ってあげるから』『買い物がダメなら食事は?』などと次々に誘うんですよ。見かねたほかの社員が抗議しても、社長は逆ギレ。その社員を怒鳴りつける始末。しかし社長は自分自身を、『女性に優しい』と勘違いしているようでした」

 社歴の長い女性の中には、そんな社長をうまくかわす術を心得た者もいたようだが、社長に目をつけられた新入社員の数人の女性は、相当なストレスを抱えていたようだ。

「何が驚きって、このとんだ茶番劇が、仕事中のオフィスのど真ん中で行われたということですよ。その後、バカバカしくなって、新入社員のうち女性は、全員が数カ月以内に辞めました。辞める時ショックだったのは、ある先輩社員に『社長が自分の好みのタイプだけで、新卒採用するから』なんて言われたことですね。あんなに一生懸命就活したのに。本当に悔しいです」

 従業員は経営者の奴隷でも家来でもない。仕事をする上で、経営者は従業員の人権を尊重しなければならないのは当然である。にもかかわらず、社長が女性社員を「恋愛感情」で私物化しようとするのは、甚だしい勘違いであり、立派なセクハラ行為である。しかしそれが小規模な会社のワンマン社長によるものだと、セクハラを問題視する者は会社を辞めるしかなく、解決されぬまま、その会社の「常識」になってしまうケースがあるようだ。

 現在、Mさんは、まったく別の業界で新しいスタートを切った。第二新卒としての転職は「今のところ成功だったはずです」と笑う。経営者としてというより、それ以前に人間として、大きく逸脱していたあの社長は、今も同じような悪行を働いているのだろうか。
(橋本玉泉)

最終更新:2014/05/06 16:00
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