嵐・相葉雅紀、10代を振り返り「何も考えてなかった」「友達2人しかいなかった」
今年9月でCDデビュー15周年を迎える嵐。1999年にデビューする前には、もちろんジャニーズJr.だった時代があり、その頃はいわゆる「Jr.黄金期」と呼ばれる時代にもあたる。タッキー&翼の滝沢秀明、今井翼を始め、生田斗真、風間俊介、退所した小原裕貴に川野直輝などなど、嵐の5人のほかにも輝かしいメンツがそろっていた時代だ。
そんな嵐結成前について、相葉雅紀が『レコメン!アラシリミックス』(文化放送)で振り返った。16歳の誕生日を迎えたばかりという女子高生リスナーからの「相葉さんはどんな16歳でしたか」という質問から始まった、相葉のジャニーズJr.プレイバック。
「16歳の頃っすか? 嵐になる前ですね。えっ、どんな16歳? 総武線に乗ってましたよ」
どんな16歳だったかを聞かれて、いきなり、利用している路線名を答えてしまう相葉。よほど「総武線愛」が強いのか、よほど印象的な思い出があるのか……。同じ総武線沿線で暮らしていた二宮も“総武線コンビ”で知られているものの、「どんな16歳でしたか」と聞かれ真っ先にこうは答えないのでは……。そんな、真っ先に路線で青春を振り返った相葉は、当時の学校生活について、
「ま、学校行ってぇ! 友達2人しかいなくて。で(学校)終わって……レッスン行って」
と、天真爛漫な性格からは少なく感じられる友人関係を明らかに。それでも、大好きなバスケットボールは仲間とやっていたようで、「3on3とかよくやってたのが、それぐらいの時」と続けた。3on3とは文字通り3対3で争うバスケットボールのこと。相葉がジャニーズ入りを決めたのも「SMAPとバスケをしたい」という理由だっただけに、よほど当時はバスケが好きだったのだろう。そんな相葉の青春時代は、
「寝なくていいんだもん。その時なんて体力あり余ってるから。だからそんな感じだったかな~。何にも考えてなかった(笑)!」
と、なんとも相葉らしい、「何も考えていなかった」発言。しかし、それでも相葉によれば、ジャニーズJr.としての活動は大変だったんだそう。当時のJr.は、現在のような100人200人といった大所帯ではなく、メインで動いているのは30~40人ほど。また今のように、いくつかの組に分かれて先輩グループのバックでそれぞれ踊るのではなく、相葉の時代はあらゆるグループのバッグダンサーに回っていたという。
「V6の後ろで踊ったり、キンキの後ろで踊ったり。V6っつってもカミセン・トニセン分かれてコンサートやるから、それ(振り付け)を全部覚えてた気がしますね」
今でも、バラエティ番組でV6メンバーと共演した時などには披露されることもあるバック時代のダンス。「16歳の時自分は総武線に乗ってました」とすかさず答え、さらに当時は「何も考えていなかった」といさぎよく言う相葉だが、実際には生き馬の目を抜く世界でジャニーズJr.として努力してきたようだ。こんな、全てを包み込んでしまうようなおおらかさと、無欲の持ち主の相葉だからこそ、欲望渦巻く芸能界でより輝きを放っているのかもしれない。