「後生ですから」で即緊縛! SF官能小説『エロチカ79』に見る官能の新境地
■今回の官能小説
『エロチカ79』(『西城秀樹のおかげです』より/森奈津子、早川書房)
あなたは、「官能小説」と聞くとどんな世界観を想像するだろうか? まるで人気のない地下室のような、陰湿で暗く、淫靡な雰囲気を思い浮かべる人が少なくないように思う。それは、いわゆる昭和時代から存在している「旅列車のお供」としての官能小説の世界だが、昨今官能小説の表現は多様化している。じっとりと読ませるスタンダードな官能小説とは真逆の、晴れ晴れした明るくポップな官能小説も存在する。その1つが、今回ご紹介する『西城秀樹のおかげです』(早川書房)に収録された『エロチカ79』だ。
時は1979年、ヤンキー全盛期で校内暴力が問題視されていた時代。主人公の麻里亜は中学3年生の女の子で、セーラー服の袖をまくり、くるぶしまで長いスカートを引きずり、授業をサボってカツアゲをする日々を送っていた。
ある日、下級生の真面目そうな女子生徒にカツアゲをしようとしていると、彼女は泣きながらこう言った。「後生ですから……」。すると、麻里亜と女子生徒の前に、生徒会長の智子が現れる。彼女は当時の大スター山口百恵に似た美人で、ヤンキーである麻里亜の敵である。
そんな智子は突如、女子生徒を弄び始める。女子生徒のセーラー服を脱がし、スリップ姿になった体に指を這わせて、快楽へと導く智子。カツアゲをしようと思ったら、突然妙な展開になってしまい、麻里亜はただただ呆然と2人を眺めることしかできなかった。
この「後生ですから」という言葉には、あるルールが隠されていた。それは、誰かがその言葉を発すると、智子はどこからともなく現れ、代償として「お金がないならば、体で支払う」ことになる……というルールだ。
「後生だから」ルールは留まることを知らない。担任教師は麻里亜に「後生だから」と更生してほしい旨を伝えてしまう。するとまたも智子は、教師を縛り上げ、いたぶり、玩具をくわさせる。そして教師は「麻里亜に真面目な生徒になってほしい」と懇願しながら、智子のプレイを受け入れるのだ。
また、麻里亜が脚の不自由な妹の久羅羅を思い、医者に詰め寄った際も同じだ。麻里亜によって、襟元を強く締め上げた医師もまた「後生だから」と口にする。すると智子は医師を緊縛、陵辱してしまう――。
あまりにも破天荒なストーリーすぎて、最初はこの作品をどう捉えればよいのか、頭を悩ませてしまう。しかし読み進めていくうちに、未知の世界に突き進むことを躊躇していること自体が、バカらしくなってくるのだ。
本作には、緊縛や大人のオモチャなどといった、割と過激な描写がたくさん描かれており、ともすればダークになりがちなモチーフだらけなのに、読者を爽快な気分にさせるような表現になっている。
そんな『エロチカ79』の官能に対する発想の転換とその面白さは、私たちに日常のセックスをも振り返させる。「セックスは愛を確かめ合う美しいもの」という側面もあるけれど、別の視点から見れば、生活の中でセックスほど痴態をさらすシーンもそうそうない。よだれを垂らして性器にむしゃぶりつき、ひっくり返った蛙のような姿で男を受け入れる姿は、滑稽そのものだ。
それは多分、気づかなくてもよい事実である。けれどセックスの滑稽さをこっそり裏側から覗きこんでみるのも、官能を楽しむことの1つなのかもしれない。
(いしいのりえ)