ワイドショーと小説が生み出した、「愛犬家殺人事件」死刑判決の女・風間博子の虚像
「冤罪の可能性」。どうしてもそんな言葉が浮かんでくる。遺体遺棄の罪には問われるかもしれないが、DVを受けていた事実、証言者・山崎の否定がある以上、関根と同じく死刑という量刑には疑問が残る。山崎は控訴審でもこんな発言をしている。
「(博子は)人も殺してないのに、何で死刑?」
「なぜ博子がここにいんのか。殺人もしてないのに」
「なんで主犯になるってるの? 博子はやってません」
死刑が確定した博子だが、現在でも再審を請求し、獄中からこんなメッセージを発している。
「証拠は、(山崎の)虚偽供述しかなく、物証は全くありません。警察や検察からのいかなる手酷い取り調べや圧力にも屈せずに、死ぬ思いで精いっぱい私は頑張りましたが、他人(共犯者)の虚偽自白調書にはどうしようもありません」「私の本件関与の唯一の証拠と言っていい供述の内容を (山崎)自身が裁判官の面前の公判で否定しているのですから、供述の任意性や信用性に疑いがあることは明らかです」(原文ママ)
■山崎の著書と報道に消された博子の声
事件当時小学生だった関根と博子の娘が、今年になって「女性セブン」(小学館)で手記を発表している。仮名で希美さんと記された娘は現在28歳。父親である関根とは事件後一度も会っていないが、母親とは面会をし、現在では母親の無罪を信じるようになったという。そして母親が父親からDVを受けていたこと、家族の間に和やかな空気がなかったことなどを告白した。
「埼玉愛犬家殺人事件」はワイドショーが先行した事件でもあった。警察は関根たちをマークしていたが、決定的物証がないことや、関根達に圧力をかけるためにも、マスコミに情報をリークしていたと思われる。そして95年1月に博子と関根が逮捕されたが、その直後に起こったのが阪神・淡路大震災と一連のオウム事件だった。相次いだ未曾有の大災害と、史上初のサリンによる無差別大量テロ事件という大事件の前に「埼玉愛犬家連続殺人事件」はマスコミや世間から忘れられ、裁判が始まってからもその報道はあまりに少ない。
さらに、最大のキーパーソンである山崎が出所後に書いたノンフィクションノベルが事件のイメージを決定付けてしまう。そこには、遺体を解体する関根と博子のおどろおどろしいまでの描写がある。こうして事件は「元夫婦の共同犯行」というイメージが世間にも定着した。だが山崎の著作には様々なウソが存在する。後に山崎自身が、「(博子が)鼻歌を口ずさみながら遺体をバラバラにした」という事実も、全て創作だったと告白しているのだ。
関根の残忍性ばかりがクローズアップされ、無罪を主張し続けた博子の存在は、世間から忘れ去れていった。死刑確定後も再審請求を続けていることを知る人間は今でも少ないだろう。今回、様々な資料を見ても、博子の死刑判決に対して大きな疑問が残る。「愛犬家連続殺人」というセンセーショナルな事件には、意外な裏側と一面があった。そしてそれは博子による再審請求という形で現在も続いている。
(取材・文/神林広恵)
参照文献:
『愛犬家連続殺人』(山崎永幸、角川書店)
『なぜ、バラバラ殺人事件は起きるのか?-殺人+死体損壊を生む心の闇を解き明かす』(作田明監修、辰巳出版)
『女性死刑囚―十三人の黒い履歴書』(鹿砦社、深笛義也)