夫の愛人2人と同居、女4人を毒殺未遂――“語られない”女性死刑囚・杉村サダメ
しかし一方で、別な話もある。
農業を営んでいたサダメには水田10アールと畑8アールがあった。そして内縁の夫が妻子に送金したのは月8,000円で、残り1万円はサダメに渡していたというのだ。当時の公務員の初任給が1万3,000円ほどで、米10キロが870円ほどだったというから、普通なら生活が苦しいはずはない。そしてサダメが借金をした理由について「地元では比較的ハデな生活」をしていたからという近隣の証言もある。
サダメには“盗み癖”があったともいわれ、時に気性の荒い面もあり、陰口を言われると「家に火を付けるぞ」と恫喝したなどというエピソードも残っている。いずれにせよ、40歳を過ぎたサダメにとって、「気持ちの優しい」内縁の夫の存在は、大きな心の拠り所であり、必死に繋ぎとめるべき存在だったことは想像に難くない。
そして当時のサダメに借金があったことは確かなようだ。その額16万5,800円。親戚、知人、八百屋、魚屋、酒屋などからのもので、年末だからといって早急に返す必要のなかったものばかりだったという。しかしサダメは性急だった。頭を下げて返済を延期する考えはなぜか浮かばなかった。
■医師も毒殺を疑わず
そんな折の昭和35年12月6日、死亡した前夫・登の母親であり、サダメにとっては姑のクラ(80)がサダメの家に訪ねてきた。クラはいつも小金を肌離さず持っていて、この日も白い布を持っていた。その小金を自分のものにするため、サダメは乳酸飲料に有機リン殺虫剤・ホリドールを混入させ、クラに飲ませた。その後、隣にあるクラの実弟の家に行ったクラは、嘔吐し苦しみ出したのだ。2人の医師が駆けつけたが死亡。医師は薬殺などとは考えもしなかったのだろう。その場で脳卒中との診断をした。
だがサダメは目的を達することはなかった。クラの死亡後白い布を見ると、それは金の入った袋ではなく、クラの下着だったのだ。サダメは勘違いに気づいた際「毒を飲ませたことを後悔した」というが、それも一瞬だった。一銭の金にもならなかったが、サダメの犯行を疑う者は誰もいない。クラは火葬された数日後、サダメは再び同じ手口で犯行を重ねることになる。
12月14日、今度の標的は隣の家の主婦・嘉悦タケ(45)だった。タケは闇酒の販売をしていて、サダメはその客として、またお茶飲み友達として親しく付き合っていた関係だった。サダメは言葉巧みにタケの好物の馬肉にホリドールをふりかけ食べさせた。タケはやはり嘔吐し、苦しみ出した。医師が呼ばれ、タケは病院に搬送されることになった。その混乱の中、サダメは介護をするフリをしてタケの財布に手をかけたが、それを長男の嫁に見咎められてしまう。この時、サダメは咎めた嫁に向かって財布を投げつけたともいわれている。
タケはその後死亡したが、ここでも死因は脳卒中とされた。2人もの人間を殺めたサダメだが、またしても金銭強奪に失敗してしまうのだ。しかし、サダメはこの2度の殺人で自信を深めたことは間違いない。自分を疑う人間は誰もいない。医師さえも、毒殺とは露ほども疑っていない。そして時間を空けることなく、サダメは第3の犯行にも手を染めるのだ。
(後編につづく)