「家族を守りたかった」脳卒中・認知症の義母の罵声に耐え続けた嫁
今回、深堀さんにお姑さんの介護の話を聞かせてほしいとお願いしたら、最初「あんまり思い出したくないんですが」という返事が返ってきた。昨今の嫁は強い。思い出したくないと言っても、オーバーな表現なんだろうと思っていたのだが、これがなんともまさに深堀さんが言うとおりの代物だったのだ……。
<登場人物プロフィール>
深堀 珠美(45) 東京在住。大学生の娘とふたり暮らし
長岡 佳子(75) 珠美の元姑。20年前脳卒中で倒れ、今は施設で暮らす
長岡 道明(50) 珠美の元夫。東北の山間部に住む
■退院した義母が鬼になった
深堀さんが結婚したのは大学を卒業してすぐ。相手は学生時代アルバイトをしていたスキー場で知り合った現地の若者だった。
「恋は盲目というか、若気の至りというか。東京しか知らない私が、東北の彼の家にお嫁に行くってことがどういうことだか、まったくわかっていなかったんです」
夫の家で義両親と暮らすことになった深堀さんだったが、その頃家に住んでいたのは夫と義父だけ。義母はというと、結婚の1年前に脳卒中で倒れ、入院中だったのだ。
「結婚前に義母のところにはあいさつに行ったんですが、言葉があまり出なくて、ただ笑っているという印象でした。優しそうなお義母さんだなと思っていたんですが、結婚して半年ほどたって退院してくると、豹変したんです」
退院したといっても、トイレくらいまでなら時間をかければなんとか自分で行けるといった程度。いつ発作が起きるかわからないので、深堀さんは義母から目が離せなかったという。
「今思えば、義母もつらかったんだと思います。近所でも働き者で有名で、家事も完璧だったそうです。それが50そこそこで脳卒中になって、身体の自由が利かなくなって。やっと家に戻れたら、若い嫁が家事を仕切っている。それでも、嫁の世話にならないと自分は何もできない。かわいがっていた一人息子を取られたという思いもあったと思います。そんないろんな気持ちを、私にぶつけるしかなかったんでしょう。突然怒りのスイッチが入ると、鬼のような形相になるんです。『お金がなくなった。お前が盗ったんだろ!』とか『出て行け!』とか暴言を吐く。義母は病気だからと思おうとするんですが、慣れることはないですね。毎回傷つくし、涙は出るし。義父はそんな義母を見ると、私をかばおうとして義母を叩くんです。それを見ると、私が悪いことをしたような気になって、また泣いてしまう」
施設に入れてほしいと希望を出していたが、いつ入れるかわからない。しかし義母と別居することは、まったく考えなかったという。
「東京でしか生活したことのなかった私には想像もつきませんでしたが、別居なんてありえない地域でした。『婦人会』という組織があって、嫁たちは強制的に参加させられるんですよ。気晴らしになるかと思ったら、まったく逆。地元の顔みたいな奥さんがピラミッドの頂点にいて、その人の機嫌を損ねないようにみんなで調子を合わせているか、あとは姑の悪口大会。旅行もあるんですが、つらいだけの旅行でした。東京から来たのなんて私1人。完全に浮いてましたね。しまいには完全に無視されるようになって、だんだん旅行の季節がくると具合が悪くなるようになりました。家も地域も地獄だな、と思っていました」
義母の被害妄想は、脳卒中からくる認知症の始まりだった。“鬼になる”回数も頻繁になった。その上、長女が生まれ、深堀さんは子育てと介護でますます忙しくなった。そんな精神状態でよく子育てができたと思うのだが、深堀さんは子どもがいることが支えだったと言う。
「娘には、おばあちゃんを好きでいてほしかったんです。いずれはこの田舎を出ていくだろうけど、娘にとっては故郷だから、嫌な思い出を残したくなかった。絶対、娘の前では明るく笑っていよう。愚痴は言わないでおこうと決めていました。家族を守りたかったんです」