異世界に飛び込むことで劣等感を乗り越えた、『ブス魂!』のすがすがしさよ!
女同士に限らず、人は、自分が属していないグループに偏った目線を向けがちだ。美人/ブス、モテ/非モテ、既婚者/未婚者、子持ち/子なし。正解は1つじゃないとわかっているのに、自分が属する方が下だと思いたくない。そのために理論武装したり、自虐に走ったり揶揄したりして、自分とは違う人々を自分から遠ざける。でも、もしかしたら、そんな“傍観者”然とした態度で相手と向き合うことが、かえって自分自身の首を絞めているのかもしれない。
ブス、女が怖い、モテない、三十路になって独身・子なし……『たたかえ!ブス魂』(KKベストセラーズ)は、女が抱えがちなコンプレックスを“ブス魂”と呼ぶ女性AV監督・ペヤンヌマキ氏が、どのようにコンプレックスを乗り越えてきたかをつづった半自伝的エッセイだ。
無数にある“こじらせ女子本”の中で『ブス魂』が一線を画すのは、頭の中で整理していくより先に、自分が理解できない世界にとりあえず本当に飛び込んでみる、という作者の姿勢。体感することで自分の価値観を広げていく様子が、理論で納得させる啓発本とは一味違った説得力を持つ。
例えばAV業界に入った行動力もすごい。ある日、セックスレスだった彼氏の財布から、風俗のメンバーズカードを見つける。「付き合いで、何もしてない」という彼氏の言葉を一度は信じたものの、数カ月後にさらにスタンプが増えた同じカードを見つけてしまう。それで、彼氏と別れることも「性欲と愛情は別」と割り切ることもできなかった著者は、「女として価値が高い女(=セックスアピールが強い女)」への偏見とコンプレックスを募らせながら、セックス産業や男性の欲望を知るために、AV製作会社に飛び込む。
目の当たりにして初めてわかる、AVの撮影現場――美人でスタイル抜群の女優より、心の中で「ミニラ」と呼んでいた女優の方が「エロい」と男性スタッフが評価するという、男の意外な欲望。還暦AV女優のプロフェッショナルぶり、「潮吹き」に懸ける体育系部活のようなAV女優の熱意――想像もできなかった実態を知ることで、「AV女優=自分とは正反対の女=敵」といったイメージや、男にとって「女は容姿が全て。美人に生まれなかった時点で負けの人生」という著者の固定概念が、否応なく薄れていく。そして、偏見が崩れるのと同時に、思春期から手放すことができなかった「女性として価値が低い」という自身のコンプレックス解消につながっていくのだ。
「会ったばかりの他人の前で裸やセックスを晒してくれる人たちと対等に向き合うには、撮っている側の人間も己の恥部を晒さないといけないところがありました。ただの傍観者には、相手は心を開かない」
ペヤンヌ氏は自分とは違う集団に属する人と、対等の立場で腹を割って話せるコツをつかんでいく。それは、誰もが頭の中ではわかっている、基本的なステップなのかもしれない。けれども実際に経験したという事実が、彼女を強くしていく様子が、手に取るように読者に伝わってくる。
30代に入った著者は、新たに「未婚子なしという自分の状況を『幸せな子育て主婦』の友人達に憐れまれている」というコンプレックスにとらわれる。それでも、「主婦の実像を知りたい」と、主婦ばかりが働く掃除代行パートの世界に飛び込んでいく。そして、主婦の本音を知ることで、そもそも自分が無意識に持っていた「主婦は幸せ(でないとおかしい)」というイメージが、自分を苦しめていたことに気づかされる。
ペヤンヌ氏にとって――そしておそらく大部分の人にとって、偏見とコンプレックスは表裏一体だ。目をそらしがちな自らの暗部を、しっかり体験で乗り越えてきた彼女だからこそ、主婦たちとの何気ない会話を通じて語られる「女同士、虚勢を張り合う関係だとドロドロしてつらいけど、本音をぶちまけ合えれば、こんなに楽しい関係はない」というメッセージが、すがすがしく読者の心に響く。
自分の選んだ道を笑って肯定するために必要なのは、自分の道を理論武装して“正しさ”で固めることではなく、違うルートを選んだ女と自分の間にある壁を上手に崩す方法を知ることなのかもしれない。壁を崩した先に晒される、それぞれが抱え込んだ“ブス魂”をネタに笑い合えれば、どんな道を進むことになっても、逞しく歩いていけるだろう。
(保田夏子)