『ペコロスの母に会いに行く』岡野雄一氏の、「親と距離を置くことで救われる」介護
――お母さまを施設に預けている岡野さんにとって、「介護という言葉は縁遠く畏れ多い」という思いがあり、『母に会いに行く』というタイトルにはそんな気持ちを込めていると書いてあり、胸に響きました。
岡野 今も親を施設に入れたことの後ろめたさがあります。親は家で看るものという考え方は根強いし、実際周りからは「親を施設に入れるんだ」と言われました。まあそういう反応は当然だろうと覚悟はしていましたが。『会いに行く』というタイトルは、そういうこと全てを象徴しているんです。自嘲も含まれています。でも、これも伊藤比呂美さんが、「一緒にいなくてもいいじゃない。それも立派な介護よ」と言ってくれたんですね。比呂美さんもカリフォルニアとお父さんのいる熊本を往復されていたので、この言葉には力づけられた。同時に母を題材にして漫画を描くことについても、こんなふうに言ってくれたんです。「表現する人は、自分の創作欲を満たしたいもの。親を介護しながら、同時に表現欲も満足させたいと思うのは欲張りだけど、それで自分が元気になれるんだったら親にとってもいいことなんだよ」と。息子の介護って、真面目な人ほど介護にも真面目に取り組んだあげく、自分が先に倒れてしまうこともある。真面目にやればやるほど余裕がなくなるんです。だから、創作欲を満足させるためでもいいから、少しでも距離を置いて親を見るのはいいことだと思っています。それで自分が救われることもある。本の読者カードにもよく「甘い!」と書かれていますよ。「でも、それでいい」とも(笑)。
――お母さまは、今はどういう状態でいらっしゃるんですか。
岡野 ほぼ寝たきりで、もう意志の疎通は難しいですね。生きているんだけども、ゆっくり死に近づいているのがわかるんです。体が縮んで硬くなっている。昔の葬られる格好なんです。でも僕は母に胃ろう(※)をほどこすことを選択しました。母に1日でも長く生きていてほしいからです。生きていてくれれば、時には僕の言葉に反応することもあるし、スタッフの方に「さっき名前を呼んでいらっしゃいましたよ」とか言ってもらえることもある。「つよし」って弟の名前ですが(笑)。それでもいいんです。弟の方がかわいがられるものだと思っていますから。そうやって母が生きていてくれれば、死んだ父も存在しているんです。「さっきまでお父さんが来とらした(来ていた)」とか、「きよのり(母の弟です)が牛の世話をしている」とか。足元に鶏がいるような様子だったりとか。母を中心としたジオラマが見えるんです。海を越えて、時も超えて、少女の母が生まれ故郷の天草にいる。70代の父が背広姿でいる……。僕の想像も入ってるのかもしれません。でも母の周りは芳醇な空気に包まれています。母が亡くなると、父も、ジオラマも消え去ってしまうでしょう。今の母は、生きているというより息をしているだけかもしれない。それでも、死んでいるのとはまったく違うんです。
――最後に1つ。漫画で気になっていたことがあります。結婚したご両親が新居を決めた時、「ピカでやられて」玄関の建てつけが悪いという場面がありました。ところが、漫画の最後でみつえには原爆で亡くした長女がいたことが明かされています。このエピソードは映画では出てきませんでしたが、この時間のずれを確かめたいと思っていました。
岡野 そう。最後に大きな矛盾をはらんでいるんです。実際は、母が結婚したのは戦後。だから原爆で亡くした長女がいるというのは創作上のウソなんです。
――よかった。実話ではないと聞いて安心しました。読者の1人として、みつえさんにはこれ以上重荷を背負わせたくなかったので。もちろん、あの戦争で子どもを亡くした母親がたくさんいることもよくわかってはいるのですが。平和な時代に生きている者のエゴかもしれません。今日はどうもありがとうございました。
※栄養を投与するために胃に設けた穴。病気やけがなどで口から飲んだり食べたりできない人や、口に食べ物が入ると誤嚥を起こし生命に危険が及ぶ人などに適用される。
岡野雄一(おかの・ゆういち)
1950年長崎市生まれ。高校卒業後に上京、出版社に勤務し漫画雑誌などを担当する。40歳の時、離婚をきっかけに当時3歳だった息子を連れて長崎に戻る。長崎では広告代理店の営業、ナイト系タウン誌の編集長などを経て、フリーライターに。タウン誌などに描いていた漫画をまとめて、『ペコロスの玉手箱』『ペコロスの母に会いに行く』を自費出版。2012年7月には『ペコロスの母に会いに行く』が出版され、13年10月現在18万部を売り上げるベストセラーとなる。西日本新聞と「週刊朝日」(朝日新聞出版)にて連載中。現在も長崎市に在住し、漫画を描きながら、母がいるグループホームを訪ねる日々を送っている。
■映画『ペコロスの母に会いに行く』
ペコロスとは、小さな玉ねぎのことで、原作者・岡野雄一の愛称。「ハゲた息子が母に会いに行く、その繰り返し」という、認知症の母との何気ない日常をベースに、原爆が落とされて間もない頃の父母、酒乱だが優しい父と過ごした“ゆういち”の少年時代、そして母の元を訪れる父の幻影といったエピソードが描かれれる。友人同士でも触れにくい認知症、介護というテーマ。でも、主人公のゆういちはこう言う―ボケるとも、悪か事ばかりじゃないかもしれん。