カルチャー
[官能小説レビュー]
骸骨を前にセックスに耽る――“過去の男”への深層心理を炙りだす『枯骨の恋』
2013/10/21 19:00
同棲を始めてから、博也は野菜ジュースとバーボンしか口にせず、次第に弱ってゆく。「真千子、お前も俺を見捨てるのか、どうなんだ」と、真千子を責める博也。若い2人の歯車は次第に狂いはじめ、博也は破局後まもなく病死した。
それから10年以上経った今、真千子の部屋には博也の骸骨が立っている。それは真千子の生み出した幻としての骸骨だ。
真千子は煌々と明かりをつけたまま、博也に見せつけるように部屋に連れ込んだ男とセックスをする。魂のない博也の前で、愛情の欠片もない男に抱かれることは、もう二度と抱かれることのできない博也との“疑似セックス”なのかもしれない。「ヒロ君、ごめんね。」そう頭の中で反芻するたびに、真千子の身体は快楽へと導かれてゆく――。
真千子の脳裏にこびりついた骸骨という形の博也の残像。それは、2人の関係を愛し守り抜くことができなかった真千子自身の後悔が具現化しているのではないかと、私は思う。彼女の懺悔の印として、骸骨は存在し続けているのではないだろうか。
恋愛をするたびに、その相手の生死関係なく、私たちの心の中にも“後悔”という残骸が積み重なっていくように思う。新しい恋が始まった時、まるで答え合わせをするように、過去の恋愛の記憶を引っ張り出すのは、昔成就できなかった恋愛をやり直しているのかもしれない。目の前にいる相手は違うけれど、かつて愛した男と、今度こそ幸せになりたいと、女たちは心のどこかで思っているのではないだろうか。
『枯骨の恋』は、死んだ男への後悔と懺悔を、骸骨という形で描きながらも、思い出を糧に次の恋を育もうとする、歳を重ねた女の普遍的な恋愛観をも炙りだしているのだ。
(いしいのりえ)
最終更新:2013/10/21 19:00