コラム
[連載]悪女の履歴書

畠山鈴香はモンスターなのか? 事件性だけが消費され、解明されない“心の闇”

2013/10/28 21:00
Photo by yoshimov from Flickr

(前編はこちら)

 2007年9月から始まった一審公判で鈴香は事件に関与したことは認めたものの、彩香ちゃんについては「殺人はなく覚えていない」と過失致死だったと主張、また豪憲くんについては衝動的なもので、自分でもうまく説明できない心神耗弱状態だと責任能力について争う姿勢を示した。

 彩香ちゃん事件で飛び出したのが「記憶の喪失」だ。彩香ちゃんが落下した際、その場にいたにもかかわらずその記憶が曖昧で、車で1人帰宅したことさえ「覚えていない」というのだ。確かに当初警察が彩香ちゃんを「事故」と判断したにもかかわらず、それに異議を唱えさまざまなアクションを取ってきた鈴香の行動は、「記憶喪失」と合致しなくはない。しかし、常識的に考えると不可解であり、検察は「健忘は犯行を隠蔽するための嘘」だと断じた。

 鈴香の不可解な「健忘」主張や事件の異常さから精神鑑定が行われた。まず起訴前の検察側の簡易鑑定によれば鈴香は「神経症的で強い怒りと攻撃性、爆発性、冷酷性」があり、そのための無差別殺人と鑑定された。これはマスコミが報じた鈴香像に一致するものだ。

 一方、一審公判では別の医師による本鑑定が行われたが、それは簡易鑑定とはまったく結果を異にするものだった。「マスコミでの印象と違っておとなしい態度」(医師証言)で攻撃性はないという鈴香は、「分裂病質人格障害で心因性健忘がある。そのため彩香ちゃんの最後の瞬間に関わっていたことすら忘れていた」という鈴香の主張に、ある程度沿ったものだったからだ。鈴香は事件の2年前に精神科に通院していたが、その中に「解離性障害」との診断結果が存在することも興味深い。それによると、父親からの暴力、学校でのいじめなど、幼少期の鈴香は常に不安定で現実から逃避したいほどのつらい環境にあった。それが解離性障害につながったというものだった。

 本鑑定では鈴香の性格に関しても言及された。自分の言動が世間からどう理解されるか思いをはせることができず、鈍感で愚鈍。狡猾巧妙とはまったく縁がない。馬鹿正直で計画性など持ちえず、思考も現実からの逃避、遊離がある。非社交的で内向性というものだった。まるで全人格を否定するもので、鈴香を歪んだ人格だと断じてはいる。が、鈴香の情状には有利なもので「彩香ちゃん事件の際の重要部分の記憶損失は健忘によるもの。こんな愚鈍な人間が強い怒りや攻撃性は持てない」と分析。これまでの検察やマスコミが描く冷酷無比で、計画的殺人を犯したという鈴香像を一変させたのだ。

 鈴香がこの鑑定医宛に書いた日記がある。「豪憲君に対して後悔とか反省しているけれど、悪いことをした罪悪感が彩香に比べほとんど無い」「御両親にしても何でこんなに怒っているのかわからない」。遺族の感情を逆なでする噴飯物の日記だが、本鑑定によれば、鈴香はその意味さえわかっていない「反省の仕方さえわからない」人格障害ということだろう。「私は何をしたらよいのでしょう」と、法廷では時に体を震わせ、戸惑う「気弱な」一面も見せている。もちろん検察に対しては敵意をむき出しにすることも多かったのだが。

 鈴香は最後まで「当時彩香ちゃん事件に関わった意識はなかった」と主張したが、一審では記憶は健忘ではなく“抑圧”されたもの。豪憲くんについても、計画性はないが殺意はあったと認定され無期懲役が下された。

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