「秋田連続児童殺害」――マスコミが報じなかった“鬼畜の母”畠山鈴香の実像
いわゆる「秋田連続児童殺害事件」である。この事件の特異さは、逮捕前から“犯人”と目された鈴香の存在が過剰報道を呼び、その人物像が極悪非道なものに仕立て上げられていったことだろう。わが子を疎んじ育児放棄した挙げ句に殺した鬼畜の母、近隣住人からも嫌われるヒス女、不条理な怒りから無関係の男児を殺害した身勝手な女――。
裁判においても鈴香の生育歴、性格、親子関係、殺意の有無、計画性が大きな争点となっていく。そこには異なるいくつかの精神・性格鑑定が存在するのだが、しかしそこから浮かび上がるのは、マスコミ報道でイメージ付けられた鈴香とは違った“実像”だった。
■グズでのろま、相互依存しあう母娘
鈴香は昭和48年2月、秋田県山本郡で生まれている。自営でトラック運転をしていた父と、元飲食店従業員の母との間の長女で下に弟が1人いる。小中高と地元校に通ったが、周囲から聞こえてくるのは意外にも「地味で暗くて目立たない子」という証言だった。もちろん不良ではなく、むしろオドオドした印象だ。逮捕前、テレビカメラの前で染めた髪を振り乱し、睨みつける迫力ある鈴香のイメージとは大きく異なる。
いじめもあった。鈴香は給食を食べるのが遅く、残ったおかずを両手の上に載せられて食べさせられた。付いたあだ名は「ばい菌」。トイレに押し込められ上から水を掛けられたこともあったという。友人も少なく、ある教師の「自分で自分を守っている感じ」という証言は興味深い。
一方成長するにつれ、万引きや窃盗事件も起こしている。だがこれも、周囲の関心を買うためだったり、不良グループの使い走り、強要もあったらしい。そこから浮かび上がってくるのは、グズでのろまで、自主性がなく、他人の言いなりになる気弱な少女の姿だ。
加えて家庭にも問題があった。両親は不仲で、父親は母親だけでなく鈴香にも暴力を振るった。それは不条理な暴力であり、時には髪の毛を掴み、グーで張り倒された。当時鈴香はビクビクして生活をしていたという。そのためか体調も決して良くなかった。貧血を訴え、手足の痺れもあったという。鈴香の性格形成を担ったと思われる生い立ちは過酷なものだが、一方で母親とは相互に依存しあうような関係だった。鈴香は母親を慕い、母の言うことには素直に従うことが多かった。
高校卒業後、結婚し長女・彩香を授かるが、その直後に離婚。仕事も続かず、借金もかさみ生活保護で母娘2人生活していた。近所付き合いもほとんどない。03年頃からは精神科に通院し、睡眠薬と精神安定剤が手放せない状態だったという。その不安定さから自殺未遂騒動も起こしていた。
そんな中で起こった2つの児童殺害事件――。母親がわが子を含め2人の幼児を手に掛けるという異常な犯罪に世間が注目するのも当然だった。しかし事件発覚当時、あれほど鈴香を追い掛け回したワイドショーなどは、その後の裁判や、そこで明らかにされた“自分たちが報じたものとは異なる”鈴香の実像には驚くほど無関心だった。