「こんな場所で不貞行為を?」避難地区であらわになった夫婦の不和
嫉妬、恨み、欲望、恐怖。探偵事務所を訪れる人間の多くがその感情に突き動かされているという。多くの依頼を受けてきたべテラン探偵の鈴野氏が、「現代人の暗部」を語る。
震災から2年余がたった。あの大地震は、東京の片隅に住む一個人の私にも衝撃の体験だったが、探偵業としても大きな打撃を受けた。この頃の探偵の仕事の大半は浮気調査だ。震災後、それが一気に減ったのだ。震災結婚、震災離婚も数多く報道されたが、一番多かったのはあらためてそばにいる人間を見直した人々だった。夫婦愛を確かめたり、家族を思いやったりした。震災後しばらくは浮気調査が激減した。当たり前に考えて、浮気をしている心の余裕は誰にもなかった。
そんなところへ、東京に住む男性からの依頼が舞い込んだ。こんな時期に……と思ったが仕事は仕事。依頼者(44歳)の話によると、夫婦関係はとうに壊れ、妻・由佳(35歳)は震災の動揺で今まで溜まっていた思いをぶちまけて実家に帰ってしまっていた。いわゆる震災離婚だ。心に余裕がない時は、それまでごまかせていたことも、ごまかせられなくなる。ウソをつくのも煩わしくなる。あの時の状況を思い出してみてほしい。いつ終わりが来るかわからないのだから、思いのままに生きよう。誰もがそう思ったはずだ。
依頼により、妻の不貞の証拠を押さえなければならなくなった。今回の調査対象者の妻・由佳の実家は、福島第一原発からそう遠くない場所にあった。その地区に入るためには、避難勧告を受けた規制線を越えなければいけない。
「こんな場所で、不貞行為なんてやる人いるのかね?」。そう、私と調査員は言い合った。防護服は大げさにしても、せめてマスクくらいは持ってくるべきだった。しかし、張り込みの時にマスクをしていると非常に目立つ。どちらにしろ防護は無理なのだ。避難勧告地域の中に入るには規制があると思っていたが、何もなく、警戒していた私達は拍子抜けしてしまった。
妻の実家はすでに避難して両親も親戚も誰もいない。それどころか、避難地区のため街全体に人っ子一人いないのだ。それでも実家近くで我々が張り込んでいると、妻が出てきて、車で堂々と出て行った。こんな場所にほかに人がいるとは思ってはいないだろう。もちろん張られていることにも気づいていない。
しばらく行って車は止まった。そこで待っていたのは妻と同世代か、あるいはもう少し下の男性だった。失礼だが、すっかり人生の半ばも過ぎ、濡れ落ち葉と化している依頼者とは若さも見た目も違っていた。男性を乗せた妻の車は、海辺の道を北へ向かって走り出した。北だ。ますます原発に近くなる。海岸線を右に見ながら、ひたすら走る対象者の車の後ろを追っていく。
やがて我々は、ある違和感を感じ始めた。海岸線は右にあるのに、左の方に何艘もの船がゴロゴロと横たわっていたのだ。津波の爪痕がそのまま残る海岸線の道路を、妻と男性を乗せた車は延々と走っていく。 やがて2人を乗せた車は、市内のラブホテルの中に入って行った。
2年たって、浮気調査の数はまた元に戻った。それだけ世の中も平和だということだ。
(カシハラ@姐御)
■取材協力:オフィスコロッサス