痴漢ごっこに励む男女に「トゥエンティー・ミニッツ」が見出した理想のカップル像
■今回の官能小説
『トゥエンティー・ミニッツ』勝目梓(『10分間の官能小説集』/講談社文庫より)
時々「男と女は、セックスなんてなくたって、愛があれば続くもの……」という男女観を語る人がいる。しかし、それは建前で、やはり男女にとっての “セックス”は重要なポジションを占めているのではないだろうか? 希望する年収や職業もクリアしていて、一緒にいても楽しいし、趣味も合う……けれどセックスがイマイチだと、どうだろう。結婚し、一生このつまらないセックスを強要されることになる――セックスの相性は、女の死活問題かもしれない。
逆に、どんなダメ男でも肌の相性が良いと、なかなか別れられなかったりする。セックスは、唯一2人の“つながり”が目にはっきりと見える行為。愛する人の一部を受け入れるという愛おしい行為だからこそ、心は満たされなくても身体が満たされれば、これ以上に強く繋がれる絆はないとも言えるだろう。
今回ご紹介する『10分間の官能小説集』(講談社文庫)に収録されている、短編『トゥエンティー・ミニッツ』のカップル悟と夏美は、順風満帆な交際を続けてきた。コンパで知り合い、順調に愛を育み、もうすぐ1年。悟がそろそろ結婚も視野に入れ始めようとした時、夏美から、こんなことを言われてしまう。
「もうひとがんばり、なんとかならないかなあ」
男臭さが薄く、淡白なセックスの悟に対し、肉食系の夏美はどこか物足りなさを感じていた。大抵の男性は、女性が「イク」ことを最たる課題にしているけれど、女性にとっては、結果よりも過程が大事。「イク」ことは、夏美にとって通過点でしかなく、その先にもっと気持ちいいことが待っているような気がしたのだ。しかし、今の悟は、どんなに我慢しても15分の挿入が限界。しかし夏美が理想としている時間は、20分。2人は、電車での通勤時間である20分間を利用して、電車内で“我慢”のトレーニングを始める。
最初は満員電車の中で、人目を盗み、服の上から軽いタッチを楽しんでいた2人。しかし、それでは飽き足らなくなり、下着の中に手を入れ始める。そして、次第に大胆になった2人は、挿入をも視野に入れるようになる。草食系だった悟も、夏美のリードによって、男臭さを増してゆくのだ。
ついに、本来の目的だった「20分間の挿入」の決行を試みる日、夏美は下着を着けず、股部分を丸くくり抜いたパンストに足を通した。悟は、コートのポケットから手を伸ばし、夏美の腰を抱え込みながら支える。人と人とが密着し合う満員電車の中で、密かなごっこ遊びを楽しむ悟と夏美のたくらみは、果たして達成されるのだろうか――。
男は誰しも、自分のセックスに自信を持ちたいものだ。女性から、セックスのダメ出しを受けた日には、大きなショックを受けるだろう。そして女も、そんな男のプライドを知っているからこそ、敢えて本人には苦言を呈さず、女子会などでこそこそっと愚痴をこぼしてやり過ごしてしまう。
けれど、夏美のように正面から悟にセックスについての打診をし、より互いが気持ちよくなれる方法を探るというのは、男と女の一番の理想的関係ではないだろうか? その方法が、たとえ「痴漢ごっこ」というふざけた方法だとしても。他人から見れば「大丈夫か?」と頭をひねられてしまいそうな珍プレーも、2人の頭の中ではきちんと納得できている。まさに理想のカップルといってもいいのかもしれない。
男と女を“明らかに”強く結びつけている行為。だからこそ、セックスときちんと向き合い、そのお相手と末永く楽しめる関係を築きたい。彼とのセックスで「そこじゃないんだよね~」と頭の中でぼやきつつも、イクふりがやめられない女性にこそ、ぜひ読んでいただきたい短編である。
(いしいのりえ)