hideソロ20周年で明かされる「スタッフへの痺れる激励」ほか伝説の数々
X JAPANのギタリスト・hideがソロ活動20周年を迎える今年、ファンだけでなく業界関係者の間でも、彼が残した数々の“伝説”が再び語られているという。「hideミュージアム」の復活やフィルムコンサートなど、さまざまな企画が予定されている中、hideの知られざる一面を当時の関係者たちが明かした。
hideがソロデビューしたのは1993年。その後98年、X JAPAN解散後初のシングルとなる「ROCKET DIVE」が大ヒットを記録した。この時期にhideの音楽活動をサポートしていたスタッフが語る。
「hideはX JAPANの“アイディア”を、ファンが楽しめるような形にすることができるメンバーだったと思います。あるスタッフは、hideの担当に就任した初日に『オレの担当の間は確実に不眠不休の生活になるだろうけど、人生の中でも忘れられない数年間を送らせてあげるよ』と、本人から激励を受けたんだとか。本当にその通りの激務がずっと続いていたそうですが、彼は今でもhideの担当だったことに誇りを持って仕事をしています」
事務所や制作会社、レコード会社などからは、現在でもhideをリスペクトする声は多く聞かれる。それは音楽性やカリスマ性だけでなく、プロデューサー的な視点も兼ね備えて音楽活動を行っていたからという。
「印象に残っているのは、生前hideが『あと何年かすれば音楽は携帯電話で聞くものになる』と語っていたということ。中高生の間で着メロが流行りだした時期に、彼は2000年から先、音楽が“配信”されるようになるという未来を見据えていたんですね。そのhideの言葉を受けて、当時のスタッフにいち早く着メロの会社を設立した人間もいました」(レコード会社関係者)
また当時からhideファンとして有名だった、レポーターの東海林のり子さんも「ミュージアム再開」を前に、当時の思い出を語ってくれた。
「彼は一言で言うと、音楽で楽しませることもあるけど、なにより『人をビックリさせるのも大好き』な人。あるコンサートでぬいぐるみに入って、ステージじゃなくてフロアから突然登場するシーンがあったの。それが、途中でお客さんにぬいぐるみの中にいるのがhideちゃんだということがわかっちゃった。彼はものすごいガッカリして、そのままステージを降りて、楽屋に何十分もこもってしまって。『ずっと前から企画してたのに……』って、スタッフに怒鳴り散らしてた。けど、最後には『みんなチケット代を払って見に来てくれてたのに』って考え直して、ステージを再開したの。事故の時も『またみんなをビックリさせちゃって、こら!』と思った」
また、hideの人となりが伺える、東海林さんならではのエピソードも。
「私の中の伝説はね、お正月にインタビューに行った時のこと。なんとなく彼にお年玉をあげたの。hideちゃんは『オレに!?』ってすごく喜んで受け取ってくれた。その後、彼が亡くなった時に、そのお年玉がお財布の中にそのまま残ってたと聞いて、ジーンとしました。すごく優しい人だったわ」
そんな東海林さんも、ミュージアム復活を心待ちにするファンの1人。
「今後もhideの“伝説”は増え続けるでしょうから、もしかしたら生きていた頃のファンの人たちよりも、その後ファンになったという若い人の方が増えちゃうかも。今年のhideミュージアムがどういう形になるのか、すごく楽しみです」