子が自立しないのか親が手放さないのか、「婦人公論」にみる親子問題
あまりツッコミたくはないのですが、やっぱり見れば見るほどオカしいので触れずにはいられません。表紙の江原啓之。向かい風に吹かれながらこちらに向かって全力疾走のポーズ、一体誰が喜ぶのでしょうか。「表紙の写真をご覧になって、私の変化に気づいていただけたでしょうか?そうなんです!約20キロのダイエットに成功しました」と江原。すいません、そこには全然気が付きませんでした。でもセンセイ、「霊感が強い人は感受性が強いため、通りすがりの人の『お腹空いた~』という思いや、無念の死を遂げた霊の『死ぬ前にお腹いっぱい食べたかった~』という念をキャッチしてつい食べ過ぎちゃう」みたいなこと言ってませんでしたっけ……。「一食を500キロカロリーに抑え」って、そんなんじゃ腹ペコの霊たちは浮かばれません! 自分の食べ過ぎをさんざんスピリチュアルにすり替えてきたというのに、ここにきて「肉体は、たましいの“乗り物”のようなものですから、ケアは大切ですね」とかどの口が言うか! ここはひとつ、全国の彷徨えるハングリーな霊たちに一斉攻撃していただきたいです。
<トピックス>
◎親の人生を揺るがす「子どもの自立」
◎なぜ、ここまで子どもの手が離れない時代になったのか 齋藤孝×信田さよ子
◎父に確かめ続けた「今、私、大丈夫ですか?」 華原朋美
■親も子も自立できない現実
今号の特集は「親の人生を揺るがす『子どもの自立』」です。「厳しい就労状況ゆえに、実家を離れないわが子。一方、親世代の行く末には『老後の不安』が広がって、家庭を取り巻く環境は激しくなるばかり。かつての価値観では『幸せ』になれない今、親と子がともに生き抜く道はどこにあるのでしょうか」というリードにすべてが凝縮されているような。
「不況だけが原因ではない なぜ、ここまで子どもの手が離れない時代になったのか」では教育学者の齋藤孝氏と臨床心理士の信田さよ子氏が、複雑化した“子離れ・親離れ”の現状を語っています。就活でのつまづきから引きこもりになるケースが多いという現代の若者たち。「そういう状況におかれた20代の男性にかかる、社会的な圧力ってありますよね。『男なのに仕事がない』というコンプレックス。それはまた、『結婚市場』において『無視』されることに直結する(齋藤)」「長引く不況で働き口を見つけるのは楽じゃない。運よく就職できても、会社の都合で容赦なく切り捨てられて、ニートに逆戻り。今の若者は、ある意味、日本社会の犠牲者だといっていいのかもしれません(信田)」。
しかし子どもの自立がこれほど難しくなった背景は社会状況だけではなく、親の問題も大きく関与していると2人は話します。信田氏いわく「『自立しない』と言いながら、実は自立させようとしていないのでは?」。18歳、高校卒業が自立の1つの“通過儀礼”だったのが、今は「結婚するまで面倒をみるのが親の責任」と考えている親が多いと信田氏は続けます。さらに親世代では“して当たり前”だった就職も結婚も、現代では一筋縄ではいかないハードルの高いものになっているにもかかわらず、「そういう時代の変化を親世代は恐ろしいほど感じていません(信田)」。齋藤氏は「若い世代が職を得て、結婚し、子どもをつくる。そうやって世代が再生産されなければ、社会全体がうまく回っていきません(中略)自分の世代の利益だけでなく、社会全体の利益を考える視点が必要ではないでしょうか」とまとめていました。いや、本当にそうです。
子どもに「いい人がいれば早く結婚して孫の顔を見せてほしい」と願う一方で、どこか「このままそばにいて老後の面倒も見てくれないか」と期待する親。家を出るタイミングを逸して現実逃避する子ども。もしかしたら「早くこの親から逃げ出したい」と思わせるくらいの方が子どもの自立を促す“イイ”親なのかもしれません。仲良し親子の深い闇を感じるこの特集。ほかの企画も読みごたえありますので、ぜひご一読を。
■夢や憧れというキレイな言葉の罪
去年末の『2012FNS歌謡祭』(フジテレビ系)で奇跡の復活を遂げた華原朋美。満を持して「婦人公論」に登場です。「父に確かめ続けた『今、私、大丈夫ですか』」。助詞のないこのカタコトタイトル、壊れかけた朋ちゃんの様子が悲しいくらいに伝わってきます。
この人を見るにつけ「多分、フツーに結婚してフツーに子どもとか生んでいたら、フツーに幸せだったんだろうなぁ」と思うんですよね。芸能界という魑魅魍魎の世界で生き抜くにはちょっと線が細いというか、図々しさが足りないような。裕福な家庭で将棋やバレエ、乗馬を習い、兄弟の中でたった1人の女の子ということで家族に大切に守られながら育ってきた朋ちゃん。少女時代に中山美穂に憧れ、女子高生時代に念願のスカウト。「最初は両親には内緒だったんです。両親は、20歳になったらいい人と結婚して、子どもを産んで幸せになってほしいと望んでいましたから」。
小室哲哉と出会い、念願の歌手になれることが決まっても「ちょうどカラオケボックスでCDに自分の歌を録ることが流行になっていて、親友と『それとは違うよね。明らかに違うよね』と興奮したことを覚えています」というくらい、ふんわりと現実味のない状態だったよう。それを朋ちゃんは「宝くじに当たったようなものですね。でも、私、思いますよ。宝くじに当たると大変なことが待っている(笑)」と表現していました。最初はビックリしっぱなしだった贅沢な生活もいつしか当たり前になり、家族のことも忘れるようになる。しかし失うのはあっという間で、薬に依存し事務所も解雇され、週刊誌にはその奇行が毎号のように取り沙汰され……「薬を抜いている間に、いろんな幻覚を見ました。歌っていたこともあるし、壁紙を剥がして拘禁されたこともあります。あとで、修理費が大変だったと聞きました」。
その後「本当にダメになるまで面倒をみない」と決めた父親が彼女を引き取り、生きるためのリハビリを開始します。フィリピンの福祉施設でのことを「誰も私のことを知らないのが信じられなくて、最初は傷つくんです。まぁ、誰にも気づかれないのは虚だったころから始まっていましたけどね(笑)」と自虐的に振り返る朋ちゃん。淡々とした述懐がかえって壮絶さを物語っているようです。
それだけのことがあっでもなお、歌手復帰を望む。一度足を踏み入れたら簡単に抜け出せない芸能界の呪縛の恐ろしさを見せつけられたようなインタビューでした。それを人は「夢」や「憧れ」と呼ぶのかもしれませんが……。
親になること親であることの難しさをあらためて考えさせられた今号。自立できない子どもを投げ出すべきか。朋ちゃんのように親の忠告を無視してまで選んだ道からドロップアウトしてきた我が子をどう受け止めるべきなのか。親は死ぬまで親。途中で「降りる」ことなんかできないんですね。
(西澤千央)