カルチャー
[連載]まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」第30回

3.11以降待たれていた最高のヒーローを描く、今注目すべき女子マンガ

2013/02/02 19:00

 年末年始のマンガ界はランキング本や賞レースで賑わいます。先ごろ候補作が発表された「マンガ大賞」を筆頭に、玄人筋に人気の「文化庁メディア芸術祭マンガ部門」、そしておなじみ『このマンガがすごい!』(宝島社)と雑誌「フリースタイル」(フリースタイル)の「このマンガを読め!」の両ランキングは、あらゆる点においてマンガファンが注目するところでありましょう。今回はそれらにランクイン、または受賞した作品の中から、女子マンガファンが今年注目すべき作品・作者をご紹介いたします。

渡辺カナ『星屑クライベイビー』(全1巻/集英社/420円)
「このマンガがすごい!2013」オンナ編第18位

 もしかしたら椎名軽穂先生、咲坂伊緒先生に続くヒットメーカーとなるやもしれない才能の誕生です。第2短編集が見事ランクインした渡辺カナ先生に、私は単なる「王道」以上の何かを見ました。

 表題作「星屑クライベイビー」の主人公は、小説家を夢見る17歳男子・渋谷そら。ある秋の日に突然やって来た容姿端麗かつ気さくな転校生・内藤麻里亜を、その完璧さゆえに宇宙人なのではないかと疑っています。それを口実に、そらは麻里亜を「極秘調査」し始めるのですが――。はたまた、第3話「ハロー・グッドバイ」は、少々気弱な鳴海若菜と、その親友でややエキセントリックな大野清人、通称キヨちゃんの物語。キヨちゃんはその突拍子もない言動から敬遠されることもままありますが、それでも犬が川で溺れていれば迷うことなく助けに行ける好男子です。そんなキヨちゃんに彼女ができるのですが、その彼女には実は社会人の彼氏がいて――。

 見事なのは「危うさ」と「切なさ」の絶妙なブレンドです。はっきり申し上げて、渋谷そらや大野清人は、実際に身近にいたらかなり「危ない人」です。ギリギリ踏み止まってはいますが、ちょっとしたさじ加減で「あちら側」へと行き得る存在。その危うさに伴う孤独、切なさを渡辺カナ先生はまず第一に描くのですが、のみならずその危うさを「笑い」へと転化しうるのが渡辺先生の真骨頂です。だからマンガとして楽しくも読めますし、と同時に強く心に迫る道化師の哀愁もあります。

 そして、なにしろ魅力的な絵を渡辺先生は持っています。タイプこそ異なれど、勝田文先生にも似た幸福感と柔らかな空気感を私はその絵から受け取りました。特に登場人物の泣き顔と笑顔のコントラストに多くの読者はグッと来ることでしょう。つい先日、初の長編作品『花と落雷』(集英社)の第1巻が発売されました。「危うさ」と「切なさ」と「笑い」というキーワードはここでも健在です。2巻が楽しみな作品であります。

冬川智子『マスタード・チョコレート』(全1巻/イースト・プレス/1,050円)
「このマンガがすごい!2013」オンナ編第15位/「このマンガを読め!」第17位/第15回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞(2011年の受賞)

 本作が連載されたのはケータイサイトでした。それゆえにコマはすべて同じ縦長の長方形。しかしだからこそコマの中では、キャラクターの表情や仕草のちょっとした変化が際立ちます。読む者はその一挙手一投足にドキドキし、そしてキュンとしてしまうことでしょう。

 美大を目指す不器用な女の子の恋と成長の物語……と、本作はとりあえずそのように要約できますが、それだけではもったいないほどの魅力的なキャラクターが登場します。中でも物語の鍵を握る美術予備校の講師・矢口と、同じ予備校に通うマリちゃんは別格です。

 人と交わることが苦手な主人公・つぐみは高校で孤立しています。早く大学に行って自分の居場所を見つけたいと願い、高校ではひたすら存在を消して生活しているのですが、そんなつぐみのことが予備校の講師・矢口にはどうも気になる様子。いつもの無愛想なつぐみ、悲しい夢を見た居眠りから目覚めたときの涙目のつぐみ、好きなミュージシャンのチケットをもらって珍しく素直に喜んでいるつぐみ、「合格おめでとう」と言われて照れながら笑うつぐみ……ここには見事に、「なに考えてるんだかわからない女子に翻弄される男子」が描かれています。矢口に感情移入することで、男子も楽しく読むことができるでしょう。

 一方、裏表のない好人物のマリちゃんは、この気難しいつぐみとの間に女の友情を見事成立させます。美大を目指す同志として、恋敵として、そして親友としていつもつぐみのそばに寄りそうマリちゃん……この2人にフォーカスを絞れば、本作は爽やかな女の友情物語にもなります。

 このようにしてあらゆる角度から立体的に読むことができるのも、キャラクターの内面描写=主観と同時に、確固たる客観性=世界が形作られているからこそ。長方形の均等なコマ割りの世界は、まるで万華鏡のような鮮やかさでありました。冬川先生は1月末に新刊『あんずのど飴』(小学館)と復刊『水曜日』(同)が相次いで発売され、また最新作「ノストラダムス・ラブ」が小学館の「IKKI」公式サイト「イキパラ」にて連載中です。小学館にがっつり囲い込まれた印象ですが、冬川先生のより一層の飛躍を願ってやみません。

九井諒子『九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子』(全1巻/エンターブレイン/693円)
「このマンガを読め!」第8位/「マンガ大賞2013」ノミネート作品

 2011年発売の『竜の学校は山の上 九井諒子作品集』(イースト・プレス)で注目された著者による第2短編集。同人誌やウェブに掲載された作品をまとめた前作と比べると、今作はかなりブラッシュアップされた印象です。より開かれた表現になったと感じました。

 おそらく九井先生は竜が大好きなのでしょう。一貫して竜がいる景色を描きながら、その周囲の人間のドラマを、ほろ苦さとユーモアでもって丁寧に描き出します。本書に収録された第1話「竜の小塔」は九井先生の世界観を象徴するような一作です。

 対立する2つの国、山国と海国。今まさに決戦の火蓋が切られようというときになって、国境にある塔の上に出産を控えた竜が巣を作ってしまいます。竜を恐れていったん休戦する両国。そんな中、山国でしか採れない芋を求めて、海国の商人が山国へと密入国します。一方、山国では海国でしか採れない塩を必要としていて……。「竜」や「戦争」といった派手な要素は背景に置かれ、そこで主に描かれるのは人々の生活と思いです。ほかにも、通学途中で出会った人魚とのコミュニケーション・ディスコミュニケーションを描く「人魚禁猟区」、「狼男症候群」という架空の病を、前半は看病する母親目線のエッセイコミック風に、後半は患者である息子目線のストーリー仕立てで描くテクニカルな一作「狼は嘘をつかない」など、大人のためのファンタジーというにふさわしい作品群は、本当にどれも工夫があって読ませます。

 現在、九井先生は「Fellows!」(エンターブレイン)の後継誌「harta」での新連載を準備中だとか。エンターブレインは、森薫先生、入江亜季先生に続く新たな才能を発見したようです。

アルコ/河原和音『俺物語!!』(1~2巻/集英社/各420円)
「このマンガがすごい!2013」オンナ編第1位/「マンガ大賞2013」ノミネート作品

 今さらここで紹介するまでもない、堂々たる大ヒット作であります。発売当初から書店員を中心に話題となり、「このマンガがすごい!2013」ではポイント数にして2位にダブルスコア以上の差をつける圧倒的な人気。本作こそがいまもっとも勢いのある少女マンガであることは、誰もが認めるところでありましょう。

 以前に鴨居まさね先生の『君の天井は僕の床』(集英社)を紹介した時にも少々触れましたが、本作の功績はまず第一に少女マンガにおけるビジュアル表現の拡大です。アルコ先生の思い切った作画と、それを通した編集者の功績は、いくら褒めても褒め足りません。そしてこの主人公・猛男のラディカルなビジュアルを支えるのが、非常にマンガ的なトラブルの数々です。工事現場から鉄柱が倒れてきたり、合コンを楽しんでいる最中にビルが火事になったり。そりゃないだろ! といった突拍子もない出来事も、猛男がいる世界でならもしかして……と思わせる説得力があります。

 本作は3.11以後ならではのマンガであります。未曾有の大天災の後に、私たちはいつしか猛男のようなヒーローの存在を待望していたのではないでしょうか。気は優しくて、でも誰よりも力強くて、なにがあってもすぐ私の元に駆けつけて、絶対に守ってくれる唯一無二の存在――それを「王子様」と言わずしてなんと呼びましょう。猛男こそが今日最高の王子様キャラであり、『俺物語!!』は極上の少女マンガであるのです。

 3月にマンガ大賞が発表され、4月の手塚治虫文化賞でマンガ界の賞レースは一段落します。自分の好きな作品がランクイン、もしくは受賞したことを喜び、一方では「この作品がなんでこんなに評価されるんだ!」と文句を言い、そしてもちろん新たな作品と出会い……そのすべてがランキングや賞の醍醐味であります。どうかみなさんができるだけ多くのおもしろいマンガと出会えますように。

小田真琴(おだ・まこと)
少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する1977年生まれO型牡羊座。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。

最終更新:2014/04/01 11:25
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