尼崎から10年前――監禁、暴力による恐怖支配の“服従者”緒方純子
世間を戦慄させた殺人事件の犯人は女だった――。日々を平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。彼女たちを人を殺めるに駆り立てたものは何か。自己愛、嫉妬、劣等感――女の心を呪縛する闇をあぶり出す。
[第7回]
北九州一家監禁殺害事件
日本の犯罪史上最も戦慄すべき猟奇事件として、現在世間を大いに騒がせているのが尼崎連続変死事件だ。主犯格と見られている角田美代子容疑者(64)の元、多くの人間や家族が角田の支配下に置かれ、角田の周辺では少なくとも8人の死亡、行方不明者が存在する。
ヤクザ風の取り巻き軍団を束ね、「暴力装置」として周囲を恐怖に陥れる。標的にする人間を見つけると、その一家に入り込み、暴力や恫喝で支配下に置き監禁、意のままに操る。自らは手を下すことなく、手なずけた娘に実父を暴行を振るわせ、因縁をつけて資産を奪い取る。幼い子どもを手なずけ人質にする。家族同士に暴行を奮わせ、「家族の問題」として警察の加入を回避する巧妙な手法。こうして角田容疑者は、平穏に暮らしていた複数の家族を死亡、行方不明、逃亡などで離散、崩壊に追い込んでいったと見られている。
次々と発覚する犯行、今後も事件の全容がどこまで広がるのか予想もつかない不気味な凶悪犯罪――。しかし今から10年前の2002年、今回とまるで瓜二つの凶悪事件が発覚していた。それが北九州一家監禁殺害事件である。6年の長きにわたり計7人もの人間が監禁され、そして死んでいった戦慄すべき事件だった。
■恐怖支配の1人目の犠牲者
ことの発端は02年3月、17歳の少女が祖父母宅に助けを求めて逃げ込んできたことだった。少女は足の爪を剥がされた上、監禁されていたという。それだけではなく、祖父に「お父さんが殺された」と訴えたのだ。ここから思いもかけない連続殺人事件が発覚していく。それが少女を監禁していた松永太(当時40)と緒方純子(当時40)による驚くべき大量殺りくの数々だった。
少女が保護される8年ほど前の1994年、松永と純子は少女の父親で不動産会社に勤務するA(当時32)と出会う。当時松永と純子は別の詐欺、脅迫事件で指名手配され逃亡の身だったが、そんな事情にもかかわらずAは2人に複数の不動産を仲介してくれた。そんなAに目を付けた2人は、架空の儲け話を持ちかけ、金を引き出した。さらに、当時離婚して男手ひとつで少女を育てていたAに、「少女を養育してやる」と月々20万円を要求する。松永に全幅の信頼を置いていたAは、彼らの要求を全て飲むようになっていた。
その後、Aも少女と同じマンションに同居するようになる。だが、徐々にその関係性は変化していった。それが従属関係である。松永と純子はAに対し、「会社で横領」「実の子である少女に性的虐待」などの疑惑をデッチ上げてAを責め立てた。挙げ句、リンチや拷問で、それを強引に認めさせる。弱味を握ったことで、Aを完全な支配下に置いたのだ。追い込まれたAは、会社も辞めることになる。社会と切り離されたAを待っていたのが、電気ショックでの通電という“暴力”だった。剥き出しの電線に金属クリップを付け感電させるものだが、この威力は凄まじく脳が突き上げられるようなショックで気を失うこともあったという。Aは因縁ともいうべき些細なことで、日常的に通電させられていった。
マンションという閉じられた世界の中で行われる恐怖支配。Aは完全に服従させられ、逆らう気力も失くしていった。さらに追い討ちをかけるように数々の虐待も始まった。風呂場に何日も閉じ込められ、冷水を浴びせられる。満足な食事が与えられず、排泄も制限される。嘔吐や下痢をすれば、その吐瀉物を食べることを強いられた。睡眠も横になることは禁じられ、体育座りで寝るしかなかった。そして事あるごとに行われる通電――。こうして衰弱したAは96年2月に死亡する。
■純子の父親を支配し一家を監禁
父親が死亡する様を目撃していた少女だったが、さらなる苛烈な体験を強いられた。松永と純子は少女に、「アンタが父親の頭を叩いたから死んだ」「病院に連れて行けばアンタが逮捕される」などと脅して少女の口を封じたのだ。また、父親の遺体をミキサーやのこぎりで解体する手伝いを強要した。この時、少女はわずか10歳だった。
その後、ターゲットとして選ばれたのが純子の家族だった。97年、素封家である純子の実家の親族6人に対し、松永は「純子が殺人を犯した。放っておくと何をするかわからない」などと恫喝し、純子と共にマンションに同居させた。純子の父親、母親、妹夫妻とその子ども2人(5歳男児と10歳女児)だった。
同時に暴力による恐怖支配も行われていく。最初にターゲットにされたのは純子の父親だった。地元の名士でもあった父親は、プライドも高く世間体を気にするタイプだった。それを巧妙に突いたのだ。「純子の犯罪が世間にバレたら一族が大変な目に合う遭う」「世間的にもおしまいだ」などと巧みに操り、6,000万円以上の資産を食い尽くしていく。通電による虐待も繰り返された。食事も満足に与えられなかった父親は、Aの時と同様、次第に松永へ逆らう気力を失くしていった。そして因縁をつけられるたび、自ら通電の準備をするようにまでになっていく。完全なる従属だった。そして娘の純子による通電中、息を引き取る。
父親の死後、母親も奇声を発するなど精神的に変調を来たし、娘や娘婿によって首を締められ殺害された。
母親を殺してしまった妹夫婦にも魔の手が迫っていた。松永は夫婦の関係を切り離すべく、妹の結婚前の男性関係、中絶などを吹聴し、夫を疑心暗鬼にさせた。挙げ句、夫は妻の首を絞めた。この夫は元警察官だったが、それでもマインドコントロールの術中から逃れることはできなかったのだ。そして夫もまた、虐待と食事制限で飢餓状態になり死亡する。2人の子どもたちも次々と殺害された。弟は姉によって殺害され、姉は少女がという余りに悲惨な方法で――。
■鬼女・純子は松永の共犯者なのか
相手の弱みにつけ込み、追い込んで暴行、監禁状態にさせるなど、完全なコントロール下に置く。家族の中にヒエラルキーを作り、相互の不信と優越感を巧みに操った絶対支配。親子の情につけ込み、お互いに監視させ、懲罰として日常的に極端な食事制限や電気通電を用いるなどして精神的・肉体的に服従、衰弱させた末のものだった。結果、純子以外の一家6人全員が死亡。彼らの遺体は、マンション浴室などでバラバラに解体され、海に放棄された(ほかにも立件されてはいないが、2人に関わり金銭を奪われるなどした男女4人のうち2人は死亡、1人は精神病院に入院)。
暴力や言葉での洗脳支配、服従、家族同士の暴行教唆といった犯行は、今回の尼崎事件の角田容疑者の手口と驚くほど類似している。
だが注目すべきは、その後明らかになった松永と純子の異様な関係だった。事件発覚当初、松永と純子は“一心同体の共犯関係”と見られていた。メディアも、女である純子の存在を大きくクローズアップし、子どもを含む自分の親族を皆殺しにした純子を“鬼女”“鬼畜の所業”と糾弾した。だが、捜査が進むにつれ、主犯であり実行犯とされた純子もまた、松永から壮絶な暴力を受け支配下に置かれていたことが明らかにされていったのだ。
(後編につづく)