「認めてほしいの……」、教育者と「edu」ママのラブゲーム
前回のレビューでもお伝えした通り、「edu」(小学館)を信奉する“エデュママ”たちは、子育てに対して非常に生真面目な優等生タイプ。常に「私の育児は正しいのかしら」「のびのびと育てられているかしら」と子羊のように迷っています。だからこそ著名な先生たちの言葉に一喜一憂するわけですが、厄介なのは育児に対するそうした努力や戸惑いの果てにあるであろう「頭も心もいい子に育てたい(例えば東大に行くような)」という欲望をひた隠しにするところ。シンプルですがよくよく見るとセンスの良い家具や雑貨がちりばめられたリビングで、おだんごヘアにボーダーのシャツを着てニコニコ笑うお母さんと子どもたち。その傍らには「がんばるママじゃなくていい」の文字が……俗っぽさ0%の、この表紙に込められたメッセージとは?
<トピックス>
◎今のあなたのままでいい 気持ちがラクになる子育てのススメ
◎手とり足とり 陰山メソッド
◎子どもの「伝える力」を育てるハガキ&手紙
■「がんばらない」ことが至極難しいのデス!
今月号の特集は「今のあなたのままでいい 気持ちがラクになる子育てのススメ」と銘打ち、作家の寮美千子による「子どもって なんてお母さんが好きなんだろう~奈良少年刑務所の受刑者の詩~」や児童精神科医の佐々木正美の「子どもを愛おしむ気持ちさえあれば、子育てはいつでもやり直せます」、詩人・エッセイストの浜文子は「立派な母に!と思わないほうがいい」、心理カウンセラーの袰岩奈々は「たとえ凹んでも、回復力(=レジリエンシー)を上げれば、子育てはずっとラクになります」など、専門家たちがそれぞれの「穏やかな子育て」について語っています。
少々乱暴に要約しますと「子どもたちが無条件にお母さんを愛するように、あなたも無条件に子どもを愛しなさい」「情報に流されない芯を持つこと」「食事は大切です」ということでしょうか。非常に心を打つエピソードも多い半面、いや心を打つだけに重くずっしりと五臓六腑にくるんですよねぇ。これを本当の意味で「気持ちがラクになる」方向で読むためには、「本当にどんな子どもでも120%母親を愛するんですかね?」とか「食事……それが一番大変なの!」とか「っつーかレジリエンシーってなんやねん!」とか、自分に都合のよい批判精神が必要になると思います。
しかしここは「育児=濃霧の中の航海」と定義する「edu」。そしてそれを読むのは濃霧の中の目的地を求めて必死なエデュママ。良きエピソードにさらに追い込まれるという負のスパイラルに陥らないか心配です。たとえば本当に凹みがちな人が「今日からは、凹まないママになる あなたの『子育て回復力(レジリエンシー)』度チェックテスト」をやった結果、己のレジリエンシー度の低さに、さらに凹んでしまうのではないか……。そもそも「今日からは、凹まないママになる」という大号令がキツイですしね。がんばる人にとって、「気楽に」「ありのままで」「がんばらない」ことがいかに難しいことかを図らずも証明するような、皮肉な内容となっております。
■「炭で食べてく」という覚悟は、なかなか持てませんよ!
「今のあなたのままでいい 気持ちがラクになる子育てのススメ」特集では、さらにベテランママたちからのご意見も多数掲載されています。子育て真っ最中という「edu特派員ライター」がお手本にしたい先輩ママに「どうすれば『気持ちがラクな子育て』ができるのでしょうか?」をインタビュー。表紙に登場したご家族も、このページの先輩ママのお一人です。
「日本人の昔ながらの衣食住を求めて、18年前に県外から移住してきた」というこちらの方は中学生と小学生の2人の子どもを持つママ。家は5年かけて手作りし、生活用水には湧水を、炭焼きの仕事で生計を立てるという完璧なるナチュラリストです。薪を運ぶ子どもたちが失敗しそうになるのをおおらかに見つめながら「手伝わないんです。失敗してもらおうと思って」と話すベテランママ。慣れない土地での苦労を「炭で食べてく、ってふたりで決めていたから苦労とは思いませんでした」「自然の中で暮らしていると、より、“違いは違いのままで”と感じます。人間にとって都合のいいことが、ほかの動物にとっては、全然よくないことが日常茶飯事だから」など、語られる言葉がすべてご神託のよう。
「私なんてブレブレで迷いまくり」「子育てもあきらめると気楽よ」など“特別なことは何もしてないわ~”と、ほかの先輩ママたちも話していましたが、その子どもたちは学校から帰るとご飯を炊いてお味噌汁を作る、電気配線に興味を持って飽きずに研究するなど「edu」好みの情操キッズばかり。お宅で遊んでいる様子をよくよく見てみると、広いリビングで体を動かしたり、大量の積み木で遊んだり、絵本を読んだり。ゲームどころかテレビの影さえ見えません。美しい人に美の秘訣を聞くと「特に何もしていないけど」と言われた時の虚しさにも似た感情に襲われたのでした……。
■歌舞伎町ホストのオラオラ営業と、なんら変わりない……
「ラクになる子育て」に、そこはかとないスピリチュアル臭と選民思想を嗅ぎ取ったところで、これぞ「edu」のリアル、「手とり足とり 陰山メソッド」を見てみましょう。陰山メソッドでおなじみの陰山英男先生に教育の悩みを直接相談できるという、エデュママにとって夢のような企画です。
今回の相談者は小学3年生の男児を持つママ。関係ないですが、「edu」に登場するママのすっぴん&メガネ率の高いこと! 今年初めて夏期講習に通ったという息子さんの「問題集もテストも自分でやると間違いだらけ。後で一緒にやってみると正解できるのですが」というのがママの悩み。しかし相手は教育界の“モテ男”、どんな女(母)もたちどころにオトしてしまう陰山先生です。話を聞きながら「ママの焦りが原因では……」と問題の核心を突き止めます。「公立へ行くなら塾は必要ないです」とキッパリ答える先生。「でも、周りは受験をする予定がなくても進学塾に通わせたり、家庭教師をつけたりしているんです」と不安気げなママ。すると「塾に行きさえすれば学力がつくというのは幻想です」と、今度はピシャリと諌めるのです
言い切ってみたり、時には「『やるだけやってダメならそれもまた人生』ぐらいの気持ちで受験するのがいいんです」とあっさりマイルドに包み込んでみたり。強弱をつけながら徐々にママの柔らかい部分に入り込み、最終的には「すごくラクになりました」という陥落の一言を勝ち取っていました。不謹慎な話ですが、先生とママの一連のやり取りは“男と女の大綱引き”というか、ある意味非常にエロティック。尊敬する先生に自分の悩みを聞いてもらえるけど、最初から本心は言えない。そんなことはすべてお見通しの先生、少しずつ少しずつママの心の帯紐を解いていく……。乙女か!
育児の悩みというのは翻ってママ自身の心の問題であり、要するに誰かに聞いてほしいわけです。「がんばらなくていいんだよ」と言われると、「がんばらない」を「がんばっちゃう」真面目なママには、誰かの深イイ話より脱がせ上手なカメラマンが発する「いいね~いいよ~奥さん、もうちょっと××してみようか~」のような“肯定されてます感”の方が必要なのかもしれません。「がんばってる私を認めて欲しい。そのままを受け止めてほしい」。これを求めているのは子どもではなく、ほかならなぬママたちなのではないでしょうか。
(西澤千央)