出産によって蓋が開いた……小島慶子が語る子育てにおける母親の影響
自分の子どもと向き合う際、自分の親との関係は、多かれ少なかれ影響するだろう。親にされて嫌だったことは自分もしたくないと律し、うれしかったことはしてあげたいと思う。無意識のうちに親と似た口調で叱り、ハッとさせられることも少なくない。タレントの小島慶子さんが女性誌「VERY」での連載をまとめた著書『女たちの武装解除』(光文社)には、子育てを機に子どものころから抑圧されていた母親への怒りが爆発、苦しんだ経験が書かれている。親は子どもの幸せを願っている。だが、その思いが時に子どもを苦しめることもある。母親になるということ、子どもとの距離感、そして人が幸せになるとはどういうことか。小島さんに聞いた。
――小島さんは、第2子の出産をきっかけに、母親との関係を見直すことになりました。なぜその時期だったのでしょうか。
小島慶子(以下、小島) 長男出産の時から、おかしいなとは思っていました。長男を抱いた母を見たとき、すごく嫌だったんです。その後も母と接触を持つと具合が悪くなったり苛立ったり。なぜだろうと思っていて、次男の妊婦健診のとき、産婦人科に併設されていたカウンセリングルームで、育児と母について相談をしたんです。「長男と、どう接していいかわからない。私は母に干渉されすぎたので、そうならないようにしたいが、ついかかりっきりになってしまい、腹を立ててしまう」と。今思えば、そのころ長男はまだ2歳ですから、かかりっきりになるのは当たり前なんですが、初めての子どもなので、からなかったんです。同時に「もともと母との関係はよくなかったけれども、ここにきて一段としんどい」とも打ち明けました。カウンセリングの結果、私の子どもに対する怒りは、これまで抑圧してきた家族への怒りだったことがわかり、母親との関係を中心に、家族の関係を整理し直すことになりました。
――お母さんとの関係が子育てに影響していると知り、どう受け止めましたか。
小島 先生に「苦しんでいい」と言われたときは、うれしかったですね。私は、「母に感謝しているのに、疎ましい」という自分のアンビバレントな感情に対して「自分は恩知らずな人間だ」と、ずっと思って苦しんできたんです。私のように出産や育児がきっかけで、自分と自分の親との関係で封印してきた葛藤の蓋が開いてしまう人は多いそうです。
――お母さんのどのような点が、小島さんにとって苦痛に感じられていたのでしょうか。
小島 子どものころから母は「いい学校を出て、いい企業に勤めて、いい企業に勤めている高学歴の旦那さんを見つけなさい」と言い続けてきました。9歳上の姉が母の理想を体現したような人生を歩んでいたのを見て、私も「ああでなくてはならない」「他の人にわかりやすい成功を手に入れることが幸せだ」と強く思い込んでしまったんです。勝手に思い込んだのだから、そんな価値観は捨ててしまえばよかったんですが、それが難しかったんです。
――本書には「次男が臨月のころ、母に『私はあなたの作品じゃない、人間なのよ』と掴みかかったことも」あったと書かれています。娘を自分と同一化し、思うように支配しようとして娘を苦しめる母親を指す「毒母」という言葉が最近流行しています。
小島 こういった悩みはきっとどの時代にもあるだろうけど、今、30~40代に苦しみを共有したいという女性が多くいるということは、もしかしたら70~80年代の子育てが、ある種、子どもを抑圧する子育てだったのかもしれませんね。ただ、「毒母のせいで私の人生はこうなった」と一生母を恨むのは不健全ですよね。娘として生まれたから苦しんだけど、自立して同じ女性として見てみたら、「母なりに幸せになりたかったんだ、必死だったんだ」と私は思うんです。母を恨む時期があってもいい。恨んで怒って、それを乗り越えて、人が幸せになるには誰かにしわ寄せがいくこともあるかもしれない、と客観的に捉えることができたらいいと思います。
娘って、お母さんを心の底から理解してあげなくちゃいけない、お母さんに対して建前と本音の2つの顔があっちゃいけないと思い込みがちですが、全然そんなことありません。娘が考え方を変えようといくら介入して、も母親は母親の考え方で幸せになりたいんですよ。母に変わることを期待してはいけません。それが娘にとって苦しみであれば、工夫して身を守るしかない、とドライに考えていいと思います。それが自立した大人同士として、お互いの幸せを守っていくことだと思います。
母はたぶん永遠に、私のことを自分と地続きの娘だと思ってるでしょう。私の仕事はすべて調べているので、本もおそらく読んでいると思います。でも私の思いは、たぶんよくわからないでしょう。そこを「理解しろ、理解してあなたも苦しめ」とは、もう思いません。わからないなら仕方がない。
家族において、こういうことは珍しいことではないと思います。別にいじわるしてやろうというつもりはないのに、誰かの愛情が誰かを追いつめたり、ほんの一言で傷ついたりすることは、どこの家族にも起きることだと思います。
――実際に子どもにしつけをしなければいけないとき、ふと「お母さんと同じことをしてるかも」と思うことはありませんか。
小島 「同じことはしたくない」という思いはありますが、母のすべてが悪かったわけではありません。たとえば、私は母が原因で自殺をしようと思ったことがありますが、でも死なずに戻ってこられた理由のひとつに、「生きることに期待をしなさい」と母が刷り込んでくれた部分が大きかったと思います。それは母の教育のいい面ですから、自分の子どもにもいろんな形で伝えたいと思っています。
――小島さんのお母様と同じように、子どもや自分を幸せにしたいという思いから、「理想の子育て論」を強く持ち、それに自分自身が縛られて疲れてしまっている母親も少なくないと思います。
小島 目標があるから向上できる部分もあると思います。でも「そうじゃなきゃダメママ」「うちの子はハズレ」と思ってしまうのは行き過ぎ。生身の人間が理想通りにいくのは無理ですよ。我が身を振り返っても理想通りにならなかったものが、子どもにできるはずがありません。だから、そんなものに縛られなくていい。「ちゃんとしたお母さんに見えなきゃいけない」「ちゃんとした子どもに見えないと私の評価が下がる」と考えてしまうと、子育ては苦しいし、何より子どもがかわいそうだと思うんです。
この子の考えてることは、この子にしかわからない。いくら親が「こうしたほうがいいんじゃないか、ああしたほうがいいんじゃないか」と言っても、やっぱり別人。そういうある種の割り切りのもとに、社会で人と豊かな関係を築く上で必要なルールやコミュニケーションの取り方を教えてあげればいいと思います。
(後編に続く)
小島慶子(こじま・けいこ)
1972年生まれ。学習院大学を卒業後、95年、TBSにアナウンサーとして入社。2010年退社。『ゴロウ・デラックス』(TBS系)、『ハートネットTV』(Eテレ)、『ノンストップ』(フジテレビ系)に出演中。「VERY」(光文社)にてエッセイ連載中。近著に『気の持ちようの幸福論』(集英社新書)、『絵になる子育てなんかない』(養老孟司との共著、幻冬舎)などがある。