カルチャー
『早稲女、女、男』刊行記念インタビュー(後編)

「早稲女=カセをはめられた女の記号」彼女たちの抱える葛藤とは

2012/11/08 16:00
photo by Dick Thomas Johnson from Flickr

前編はこちら

――早稲女の自虐とは、他人に「負け」「欠陥がある」と判断されないように、先に自分で「私はダメだから」という烙印を押しているような気もします。

柚木麻子さん(以下、柚木) 「早稲女」という言葉は、早稲男(ワセダン)が早稲田の女の子を、粗末に扱う時に使う言葉でもあります。早稲田のサークルの飲み会では、本の中でも書いたように、お会計が「女の子は無料でオッケー、男と早稲女はサンゴーです!」となる。「早稲女は女に非ず」と言って、早稲男は早稲女を虐げているらしいんですよ。

――早稲女は女として認められない……。これまた、早稲女の自意識を揺さぶるような扱い方を……。

柚木 早稲女の編集Nさんが、ものすごくバンカラな人で。『早稲女、女、男』(祥伝社)の主人公・香夏子のキャラクターは、かなりNさんに引っ張られたところもあります。Nさんは「あんな男の人が作ったシステム、許せません」「女性軽視です」とかよく言ってるんですよ。大学時代、「男」「女」「早稲女」という分けられ方をして、女の子扱いをされている子が嫌だったと語っていました。女であることを武器にしている、処世術に長けた子に対して「コンチキショー」としか思えなかったのだそうです。「早稲女好き」を公言しているジャーナリストの津田大介さんが、「早稲女は早くから男性が作り上げた社会のシステムと戦っている」と言っていて、なるほどと思いました。私なんかは、女の子同士で傷つかずぬくぬくやりたい派なんですよ。早稲女としゃべっていると、男社会のことを強く意識させられますね。

――男社会については、本の中にも出てきましたよね。「上下関係を作りたがる」「相手にレッテルを貼って自分の優位を確認したがる」「迷っている者は容赦なく切り捨てる」「失敗した時は一斉に糾弾する」と表現されていました。早稲女は、自分が女であることを認められず、男と真正面から戦わんとしているということなのでしょうか。なんか、恋愛においては苦労しそうですね……。

柚木 そうそう、早稲女は、イケメンで、リア充で、世の中をうまく渡っていけそうな男には惹かれないという特徴もあるようです。社会に出ようとしない世捨て人、みたいな人がモテる。香夏子の恋人・長津田もそのタイプ。阿佐ヶ谷とかに住んでて、先に就職した早稲女に食わせてもらってるヒモみたいな(笑)。世の中の価値観と、早稲田内の価値観は真逆で、そこも面白いなと思います。

――そういう男に限って、「どうせお前ら早稲女だろ?」とか上からものを言いそうですよね。でも、なんでモテるのでしょうか。否定されると燃える……という向上心?

柚木 負けたくない! みたいな(笑)。実際、早稲女と早稲男は、いつも喧嘩しながら付き合っているというカップルが多いみたいです。早稲男もダメな男だとは思いますが、客観的に自分の弱さを見られる人が結構いるといった印象もあり、早稲女と歯ごたえのある会話ができるだけのことはあるなぁと。だからこそ、余計にタチが悪いのかもしれませんが(笑)。

――付き合っている相手と争ってしまうのも、なかなか生きづらいのでは。早稲女って、早稲女を自称することで自分を守ろうとしている反面、「早稲女」というレッテルを貼られることで、がんじがらめにされているといった印象も受けます。

柚木 それは、早稲女に限らない話かもしれない。優等生や、しっかり者の長女、パパやママの期待を一身に受けて育った子とか。「私はこうでなきゃいけない」というカセって、誰しもあると思うんです。そういうのを記号化できるのが「早稲女」でした。早稲女が「私は女じゃなくて早稲女だから、楽な道を行ってはいけない」と自らカセをはめてしまうように、ポン女(日本女子大学)の子って「モテなきゃいけない」「華にならなきゃいけない」というカセがある。ポン女にだって、バンカラでサブカルな子だっているだろうに、他人からは「ポン女なのに男らしいね」とか言われちゃう。それもつらいことですよね。

――作品に登場するポン女の子も、まさに「彼氏を作らなきゃいけない」と焦っていました。でも、手に入らないものに向かってがむしゃらに突き進むより、自分の良いところをゆっくり育てればいいんだ、と自己肯定するようになりますよね。

柚木 私自身、女の子は自己肯定して、楽しく生きていくべきだと考えている人間なんです。「みんなで自己肯定して、ケーキ食べようぜ!」というユズキイズムがある(笑)。なので、この本に出てくる女の子たちも、全員「私はこれでいいんだ」と自己肯定していきます。が、早稲女の香夏子だけは、男との関係性において、自己肯定をさせなかった。香夏子は「自分はやっぱりダメだ」と気づき、敗北を認めて終わるんです。正直、このラストシーンは悩みに悩みましたが。

――早稲女にだけは自己肯定をさせなかった……というところに、柚木さんの早稲女への特別な思いを感じてやみませんが(笑)。

柚木 「新しいことをやってくれるのは常に早稲女」というイメージが私の中にあります。実際、広末さんの一件も、かなり画期的だったわけだし(笑)。早稲女は時代のセンター。WSJ(ワセジョ)48なんか作ったら、最終的に秋元康を倒しちゃいそうだけど(笑)、なんかやってくれるのは早稲女だって期待しています。

――まったく新しい何かを作っていってほしいという思いを込めて、香夏子を自己肯定させず、くすぶらせたままにしたんじゃないかと、思わず深読みしてしまいます。

柚木 私はこの話は、全然終わったとは思ってません! 続編を書きたいです。自分の女の部分を認めづらい、エリートの人たちの悩みをもっとちゃんと書きたい。この本は、早稲女に限らず、何かねじれを抱えている女性にとっても、普遍的な話になっていると思います。早稲女を知らないという人にも、ぜひ読んでいただきたいですね。

柚木麻子(ゆずき・あさこ)
1981年、東京都生まれ。立教大学文学部フランス文学科卒。2008年、「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞。2010年、受賞作を含む『終点のあの子』(文藝春秋)でデビュー。著書に『あまからカルテット』(同)、『嘆きの美女』(朝日新聞出版)、『けむたい後輩』(幻冬舎)、『私にふさわしいホテル』(扶桑社)がある。

最終更新:2012/11/19 18:45
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