カルチャー
[官能小説レビュー]

「真面目な子」と「いやらしい子」他人の目に翻弄された少女2人を描く『誦文日和』

2012/10/29 19:00
『玩具の言い分』/祥伝社文庫

■今回の官能小説
『誦文日和』朝倉かすみ(『玩具の言い分』/祥伝社文庫より)

 地元って、何て窮屈な場所だったのだろう。やれ「どこの家の娘が結婚した」だとか「誰々がどこの大学に合格した」とか。閉鎖的な空間を共有しあいながら、その狭い環境の中で、せせこましく比べ合い、比べられることが当たり前の村社会。表面では「誰もが平穏でありますように」と笑顔を交わしあいながらも、その裏では、その小さな空間の中で、誰よりも幸せになることを競い合っていたかのようにも感じてしまう。そのために、毎晩のように近隣の誰かをネタにし、つるし上げにして、安心していたのかもしれない。

 そんな閉鎖的な環境の中に、同い年の女同士がいれば、自然と意識しあうもの。今回ご紹介する『誦文日和』(『玩具の言い分』/祥伝社文庫)の主人公は、商店街にある本屋の娘として産まれた。幼い頃から意識していたのは、同じ商店街の青物屋の娘・晴子。彼女には天性の才能があった。それは、男性の視線を虜にする、色気。挨拶ひとつできない晴子の手を引き、お姉さん風を吹かせる主人公。幼い頃から2人の立ち位置ははっきりと決まっていた。

 晴子の本領が発揮され始めたのは、高校に入学してから。男たちの思いを晴子に橋渡しをするのは、容姿に恵まれていない主人公の役割。さまざまな男たちとデートを重ねて青春を謳歌している晴子を、常に側で眺めていた。商店街での評判も、主人公は幼い頃と変わらず、真面目で礼儀正しいおりこうさん。対する晴子は、男をたぶらかす不良娘。

 主人公が意識していた米屋の長男も、晴子に夢中になった。淡い想いを抱く主人公の目の前で、米屋の長男は晴子の背中に抱きつき、股間を尻に押し付ける――思春期の主人公は、そんな片思いの相手を眺めて、濡れることしかできなかった。しかし、身勝手に男たちの気持ちを翻弄していた晴子は、米屋の長男をあっさりと捨て、ライブハウスで演奏をしていたミュージシャンと共に町を出ていってしまうのだ。

 それから、淡々と月日が流れ、主人公は32歳になる。本屋を継いだ今も、商店街での評判は、真面目ないい子。駆け落ちから地元に出戻ってきた32歳の晴子もまた、ウワサ話の対象のまま。くわえ煙草で店番をし、昼間から酒を呑むような生活を送っていた。

 幼い頃から、無意識のうちに競い合っていた2人の関係は、大人になっても変わらない。他人から見れば、きちんと年相応に育ち、自分に折り合いを付けて生きている主人公の方が、きっと幸せなのだろう。しかし主人公は、思春期の頃にしか体験できない、甘酸っぱい色っぽさを体験できずに通り過ぎてしまった。

 対する晴子にも、果たせなかった思いがある。それは、真面目で成績優秀だった主人公の兄への恋心。その想いは、32歳になった今も、彼の妻が出産した子どもを病院まで覗き見に行ってしまうほど深い。大学で准教授を務める主人公の兄は、晴子には不釣り合い。それもまた、幼い頃からまったく変わらない、商店街という小さな空間の中での暗黙の了解なのだ。

 2人が引きずる想いは、今も昇華することはない――晴子は主人公と、主人公は晴子と顔を合わせるたびに、諦めきれない過去が鮮明に蘇ってしまう。

 互いに、「女」の部分を満たすことができなかった幼馴染2人。主人公は男にセックスを求められたくて、晴子は心から愛する人の子どもを産みたかった。けれど、主人公は商店街では「真面目な子」、晴子は「いやらしい子」というレッテルが貼られている。ここでは、一度貼られてしまったレッテルは、どうがんばっても剥がすことはできないのだ。

 「幸せ」なんて漠然としたものすら、閉鎖的な町では、他人からの評価で決定付けられてしまう。しかも地元というのは、過去のなし得なかった「幸せ」を強く意識させられる。「永遠に幸せになれないのなら、自棄になるしかない」――ラストの晴子の思わぬ行動は、そんな町のいやらしさからの解放を意味付けているのかもしれない。

最終更新:2012/10/29 19:00
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