美の可能性は90歳にも……『MAKE YOU UP』から知る“私自身“の可能性
「誰かになるためじゃない私自身になるために」――力強い言葉が帯を飾る本『MAKE YOU UP』(マーブルトロン)。メイク本や美容雑誌が毎月何冊も刊行され、そのほとんど全てが女優やモデルといった憧れの「誰か」の顔に近づくために作られている中、この本は「私自身」を志向する異色のメイク本だ。著者のメイクアップアーティスト&ビューティーディレクターのMICHIRU氏は、多くの女優を担当し、モードファッション誌、広告、CFからMiMCのクリエイティブ・ディレクターなども務める第一線の人物。しかし、意外にも『MAKE YOU UP』に登場するのは友人や仕事を通じて出会った知人など素人のモデルが中心。そこには、昨今のメイク事情への思いが込められているという。MICHIRU氏の描くメイク観、メイクの持つ力について、コスメティックプランナーの恩田雅世氏と語ってもらった。
■ファッションや仕事、バックグラウンドは無視できない
恩田 仕事柄、美容本やメイク本をよくチェックするのですが、ほとんどの本がビューティ専門の、肌がものすごく綺麗でメイク映えするモデルさんや有名女優さんを使っているものが多く、流行はわかっても私自身のメイクの参考にならないものが多いと感じていました。モデルさんと読者の間に距離があったんですね。でも、この本はモデルさん自身の魅力をメイクによって引き出していることが感じられ、その引き出し方、メイクへの落とし込みが秀逸で大変参考になりました。一人ひとりの魅力やオーラのようなものが伝わり、「メイクの力ってすごい!」と素直に感動しました。「MICHIRUマジック」を体感できる本に仕上がっていると思います。
MICHIRU そのように言ってもらえるとうれしいです。今回は、モデルとして出てくれた素人の方々のバックグラウンドを大切にしてメイクをしました。顔が顔だけで成立してしまうメイクが一番の問題だと思うので、服との関係性はもちろん、好きな物や嫌いな物、ファッションセンスや職業などトータルから感じる個性を見るように心掛けました。普段、毎日違うメイクをする人、まったくしない人など、皆さんそれぞれその人なりのメイクのルールがある。そこからかけ離れすぎちゃうとメイクされる本人が心地よくないので、バックグラウンドは無視できないですね。
恩田 どうして素人モデルを使おうと思ったのですか?
MICHIRU 実は、この本の予算がびっくりするくらいの金額だったんですね(笑)。これではプロのモデルの方々には予算的にとてもお願いできないと思いました。その時に、ふと「もし自分が本を出すとしたら、素人を使ったビューティ本をやりたい」と思っていたことを思い出して、それで、周りからモデルとして出てくれそうな人を考えてみた時に、「あ、10人くらいはいけるかも」って。結果として予算がないのが良い方向に働きました。
恩田 最近の美容雑誌の内容はメイクの順番や細かい技術などのHow Toに寄ったものが多く、美容職人を養成する場になっている気がします。「眉毛の描き方に命懸けてます」的な子とか、つけまつげを付けるのがプロ並みに上手い子、とかは生まれるかもしれないけど、もっとテクニックよりも大切なセンスや感性、「このファッションにこのつけまつげはどうなんだろ?」と一歩引いてトータルで美を考えるセンスが抜け落ちている気がします。
■○○顔メイク、○○風メイクが氾濫する現在
MICHIRU 日本人は真面目だし、美容雑誌もいっぱいあるから「こうしなきゃいけない」とか書いてあると丁寧にやっちゃうでしょ。それは化粧品会社の戦略なのかもしれないけど(笑)。本当に大切なのは、自分の顔としっかりと向き合い、ベストな状態をみつけること。やり方がわからないなら、まずはなりたい顔とか参考になるものがあってもいいと思うんです。でも、最終的には「自分は何なのか」ってことをちゃんとみつけることが大切だと思います。
恩田 人によって個性や魅せる部分は違うだろうし、ファッションによっても違うのに、美容雑誌では「パッチリデカ目」「キラキラ盛り」など個性を無視してみんなと同じ顔になるように仕上げるメイク法が主流になっていると感じます。でも、この本はそことは違う。自分の個性を大切にし、他人との差を「楽しもう」という気持ちがとても伝わってきます。登場する皆さんがそれぞれ、メイクの仕方が全然違っていて、中には素肌感や彼女自身の透明感を生かしてほぼノーメイクに見えるようなメイクもありました。でもそれがまた抜群に美しかった。メイクアップアーティストの中には自分のテクニックを作品として前面に押し出してメイク本を出版されている方もいますが、MICHIRUさんはあくまで主役はモデルさんで自分は黒子、魅力を引き出すためのメイク、という姿勢に徹しているところにプロフェッショナル魂を感じました。
MICHIRU この本を作る時にいろんな本をリサーチしたんですよ。マニュアル本が多く出ているけど、細かすぎてピンとくるような本はありませんでした。それなら、自分で作ってしまおうと。メイクって気分やシーンによってまったく変わってくると思うんです。だからあえて、メイクをしたくない時や旅行の時のために、最小限のアイテムで仕上げるメイクを提案したり、女性は特に体調の変化によって肌状態も変わるから、一時的に肌が敏感に傾いた時や、肌を休ませたい時のメイク法など、どんな状態にも寄り添えるフレキシブルな内容にこだわりました。
自分のメイクテクニックを表現しやすいビューティ専門のモデルさんを選ぶのではなく、素人さんを使って、とにかくシンプルにメイクの持つ力を表現しようと決めました。表紙や中面にタレントさんを出せばインパクトは出せたかもしれないけど、それはやりたくなかった。なんと表紙も第3章にでてきた素人のOLさん(笑)。
恩田 ほかのメイク本と違って自分もすぐに試してみたくなってしまいました。「欠点を隠すのではなく、個性を引き立たせるようなメイクを」と本の中で書かれていましたが、MICHIRUさんから見て、私の個性はどこでしょうか?
MICHIRU 恩田さんの個性は切れ長の目。盛り系でラメでギラギラって感じじゃなくて、クールな切れ長のアイメイクが似合うと思いますよ。
恩田 実際にMICHIRUさんにメイクをしていただいてから、自分のアイメイクに対する意識が変わりました。仕上がりを見て思ったのが、私の良さを生かしてるんだけど、私じゃない感覚……半歩先の自分が見えて、こういう自分になりたかったと気づかされました。なりたい自分のヒントはほかの誰でもない、まさに「自分の中」にあるんですね。自分が持っているものの否定から入っちゃうと、良さを生かしきれない。でも良い部分を伸ばしていくことで、自分を受け入れられるようになるんですね。「ほかの誰かになりたいわけじゃなくて『自分』を輝かせたい、自分をもっと表現したい」と思っている人は、ヒントと勇気をもらえると思います。
■メイクの持つ力・可能性について
MICHIRU この仕事を始めて20年以上がたって、自分がやってきたメイクの仕事を少し振り返って何となく考えるようになったんです。この本はその節目にもあたりますね。今まで、常に新しいトレンドを意識したメイクを提案し、モデルさんや女優さんを中心に仕事をしてきたので素人さんにメイクをする機会が全然なかったんです。
去年、東日本大震災の被災地の石巻にボランティアに行って、60人くらいの方の髪を切ったりメイクをする機会があって、そこには90歳を過ぎたおばあちゃんもいたんです。ファンデーションとチークとリップだけなんだけど、「ここ最近化粧なんてしたことなかったけど、今までの暗い気持ちがなくなったよ。ありがとう!」と言ってくれたのが印象的でした。簡単なメイクだけで本当に別人みたいにキレイになっちゃって、おばあちゃんも「私、こんなにキレイにまだなれるんだ」って感動していて。でも逆に、私の方が「女の人って、90歳を過ぎてもこんなにキレイになれるんだ」って、その秘めた美の可能性にビックリしたんです。「素人ってすごいな。こんなにキレイになるんだな」って実感して、こんなにビフォー・アフターで変わるんだったら、素人を使ってビューティの本をやればいいのに、と感じた思いがこの本につながりましたね。
恩田 一般の方が持つビューティの伸びしろ、瞬発力を知ってしまったんですね。この本にも60歳過ぎの女性が出ていますが、生きているエネルギーがビューティ専門のモデルさんよりもダイレクトに伝わってきます。シワやシミがあっても「私はこれで生きてきた」という自負が感じられるから、見てると元気が出てくる。年をとるのが楽しみになりました。メイクはあくまで自分を表現する為の道具であり、大切なのは表現する自分自身だということも教えていただきました。
MICHIRU 私も「60過ぎてもこんなにかっこいい人がいるんだ」って知ったら、勇気というか夢をもらえた。年をとることを恐怖ととらえるのではなく、どういうふうに年をとっても、個性を認められるように、それを生かすメイクができるといいなと思います。
恩田 美しい人とは「残像感のある女性」というMICHIRUさんの言葉が心に残りました。完璧な美しさを追い求めるよりも、その人が持っている美しさを大切にして育てていく姿勢や思いが、その人しか醸し出せない美しさとして人の記憶に残るのだと。今日は、本当に楽しい時間を過ごさせていただきありがとうございました。
MICHIRU(ミチル)
メイクアップアーティスト&ビューティーディレクター。国内外の雑誌や広告、ファッションショーでのメイクを手掛ける一方、ビューティー・ディレクション、インナービューティーの提唱など幅広いフィールドで活躍中