セレブの破天荒な日常を通じ、視聴者に“優越感”を与える『ダーティ・セクシー・マネー』
――海外生活20年以上、見てきたドラマは数知れず。そんな本物の海外ドラマジャンキーが新旧さまざまな作品のディティールから文化論をひきずり出す!
サブプライムローン問題により住宅バブルが崩壊した2007年以来、ずっと続いているアメリカの大不況。景気が悪い時には、セレブの豪華な日常が見たくなるものなのか、現在、アメリカのテレビでは数多くのセレブ番組が放送されている。
特に、ニューヨークやビバリーヒルズなど、アメリカの各大都市に暮らすリッチなセレブ主婦たちの日常を追うリアリティー番組『the Real Housewives』シリーズは、夢のような暮らしをしている彼女たちに全米が釘付けになった。出演者たちはパパラッチに追い掛け回されるようになり、整形手術を受けた、離婚したなど、下世話なプライベートネタでタブロイドを賑わせるようになった。
しかし昨年8月、『Real Housewives of Beverly Hills』の美人主婦と離婚問題で揉めていた夫が、邸宅で首吊り自殺をしているのが発見された。投資家であった彼は金銭的に問題を抱えており、豪華な暮らしも虚像だったことが判明。ゴシップ好きなアメリカ人も「人の不幸は蜜の味」という感覚を持っているが、現実はあまりにも悲惨だと世間に衝撃を与えた。浮世離れしたセレブの暮らしを覗くのには、やはりドラマが一番だと感じた人も多かったことだろう。
かつてアメリカでは、『ダラス』や『ダイナスティ』という想像を絶するほどリッチなセレブたちのドタバタ・メロドラマが、絶大な人気と視聴率を誇ったことがある。キャストは演技派の役者揃い、撮影のセットも小道具も何もかもが豪華で、大人が楽しめるメロドラマであった。『ダラス』『ダイナスティ』のような、大人向けの豪華なセレブドラマが見たい、そんなテレビドラマファンの声が届いたのか、07年9月に想像を絶するほどの金持ちで、華麗なセレブ一家を描いたドラマが放送スタートした。ミステリーの要素も組み込まれたゴージャス・ドラマ『ダーティ・セクシー・マネー』である。
物語の主人公は、長年にわたり、ニューヨークのアッパー・イーストサイドに住む大富豪ダーリング家の顧問弁護士を務めていた父親をセスナ墜落事故で亡くした、中年弁護士ニック・ジョージ。家族よりもダーリング家を大事にしてきた父とは一線を置いていたニックだが、ダーリング家の主から、亡き父の後を継いでほしいというオファーを受け、断るつもりでふっかけた好条件のもと、顧問弁護士に就任。万人には想像もつかないような、ワガママなセレブ一家ならではのスキャンダラスなトラブルをもみ消すことに奔走する日々を送る中、父は殺されたのではないかと疑問を抱くようになる。
億万長者が登場するドラマは山ほどあるが、本作品に登場するダーリング家は『The O.C.』や『ゴシップガール』に登場するAリスト・セレブたちが一斉にひれ伏すほどの大富豪である。一家の主であるトリップの個人資産は350億ドル(約3兆円)で、手広くビジネスを行っており、計り知れない権力、コネ、影響力を持っているという設定。世界にほんの一握りしかいない真の大金持ちは、何があっても大丈夫という揺らぎない現実の中で生きている。彼らが良いと思うもの、悪いと思うものは、庶民の価値観や思考とは大きくかけ離れているものだ。
この作品では、そんな金持ち独特の価値観のもと、ダーリング家が繰り広げる浪費三昧、贅沢三昧な暮らしぶりが描かれている。時には爆笑してしまうような奇想天外な行動もあり、これまで見たこともないような世界を、主人公の目を通して覗き見ることができるのだ。
また、大富豪に群がる人々の滑稽なまでの姿もドラマには描かれており、モラルについて考えさせられるシーンも頻繁に登場。金を目の前にすると理性と良心を失う人々と、それを熟知し利用する大富豪の心理も細かく描かれており、不況にあえぐアメリカ人視聴者を惹きつけた。
金は人の心を操り、人間関係を破壊する、この上なくパワフルで汚いもの。そして大金を手に入れると、人間は性欲を含む、さまざまな欲が出てきて、快楽主義者になってしまう。まさしく、金とはダーティーであり、セクシーなのである。
このドラマには、大富豪の権力者たちが好きそうな政治の世界、宗教の世界、やりたい放題するヤンチャな若い世代の世界も登場するのだが、どれも人間臭く、スキャンダラスなのが視聴者にリアリティーを与えている。長男は上院選への出馬を控えているのだが、トランスジェンダーの愛人を捨てることができず悩む。次男は神に仕える司祭でありながら、性格が悪く、隠し子までいる。末の双子たちは自分たちの能力も知らず、なんでもできると思っている幸せ者。長女は、婚前契約することに快感を覚え、結婚・離婚を趣味のように繰り返している。子どもたちは皆が一家の主である父親の愛情に飢えており、妻も子どもたちと同じ心境だ。いくらお金があっても、真の幸せは買えない。そのことを視聴者はあらためて確認でき、ホッとできるのである。
番組のクリエーターは、葬儀屋を営む一家の人間模様をシニカルに描いた名作ドラマ『シックス・フィート・アンダー』や、機能不全家族の絆をユーモラスに描いた『ブラザーズ&シスターズ』の脚本を手掛け、ヒューマンドラマ制作に定評があるクレイグ・ライト。彼は、本作品を「『ダラス』を現代風にアップデートしたメロドラマ」だと表現しているが、思い描いた通りに作品は仕上がっているといえよう。
そして、なんといっても演じる役者が演技派揃いなのが、アメリカの視聴者たちを唸らせた。ダーリング家の主、トリップには見る者に強い印象を残し、主役を食う脇役といわれる名優ドナルド・サザーランド。『24-TWENTY FOUR-』でおなじみのキーファー・サザーランドの実父で、とても仲の良い親子として知られている。唯一まともな人間に見える顧問弁護士役には『シックス・フィート・アンダー』で主役を演じ、深みのある演技力が絶賛されたピーター・クラウス、トランスジェンダーとの恋愛に溺れる長男役には、ボールドウィン兄弟の次男で繊細な役を演じさせたらピカイチのウィリアム・ボールドウィン、貞淑な仮面をかぶるトリンプの妻役には2度アカデミー賞にノミネートされた舞台出身の実力派女優のジル・クレイバーグ。なお、ジルは2010年に白血病のため亡くなっており、テレビドラマとしては本作品が遺作となっている。
今年5月、ジョン・F・ケネディの弟ロバート・ケネディの次男で弁護士のロバート・ケネディ・ジュニアの妻メアリーが首吊り自殺した。メディアは「ケネディ家に続くもう一つの悲劇」と書き立てたが、実際はそんな言葉で片付けられるものではない。ロバートの浮気、メアリーの長年にわたる薬物・アルコール依存、飲酒及び薬物使用下の運転での逮捕、うつ病、そして、ロバートへのDVなど、家族として破綻していたのである。由緒正しい血筋を受け継ぎ、名声も富もある一家であっても、内情は想像を絶するものなのだろう。
庶民と比べて、セレブは多くの物を持ちすぎている。だからこそ不幸になる確率が高いのかもしれない。『ダーティ・セクシー・マネー』は、そんなセレブたちのダークで不幸せな日常を見せ、庶民である視聴者たちにある意味での優越感を与えてくれる、最高のエンターテインメント作品なのである。
堀川 樹里(ほりかわ・じゅり)
6歳で『空飛ぶ鉄腕美女ワンダーウーマン』にハマった筋金入りの海外ドラマ・ジャンキー。現在、フリーランスライターとして海外ドラマを中心に海外エンターテイメントに関する記事を公式サイトや雑誌等で執筆、翻訳。海外在住歴20年以上、豪州→中東→東南アジア→米国を経て現在台湾在住。