セックスの相手は代替可能? 「自立した」はずの女が持つ欲望
■今回の官能小説
『白い波に溺れて』早瀬まひる(『七つの甘い吐息』/新潮社より)
女に産まれて来たからには、誰しも少なからず持ち合わせているヒロイン願望。男にちやほやされ、身も心も支配されたい――ふたりのシナリオに書かれている甘いラブストーリー。オンナの恋愛や結婚観には、少なからず、頭のなかに自分だけの「シナリオ」は存在しているのではないだろうか。そのシナリオを演じることが目的ならば、たとえば相手役が降板したとすれば、他を見つければ良い。あくまでも、ゴールは「物語の達成」なのだから……しかし、果たしてそうなのだろうか?
「白い波に溺れて」の主人公・優香は、かつて先生と生徒……また、恋人同士でもあった銅版画家の塩尻の個展で、彼と再会した。逃げるようにギャラリーを後し、恋人のもとへと急ぐ。優香には、雅人という婚約者がいた。
個展から2週間後、最寄り駅を歩いていた優香は、塩尻と再会する。個展の芳名帳の住所を頼りに優香を訪ねて来た塩尻は、優香を車に乗せて車を発進させる。
12年前のとある田舎町で、まだ女子高生だった優香は、美術教師である塩尻に抱かれていた。彼女の制服はそのままに、舌と指だけで優香を抱いていた。最後の一線を越えないまま塩尻に弄ばれていたある日、クラスメイトで優香の“初めて”の相手である鳴沢にその現場を目撃されてしまう。
男同士の修羅場に呆れ果てた優香は、喚く鳴沢と、保身のために「二度と二人きりにならない」と鳴沢に向かって約束をする塩尻を置いて、その場を立ち去ってしまう。彼女に残されたものは、ふたりの男にモノのように扱われた屈辱感だけだった。
優香を「大事に育てられたお嬢さん」だと言い、一枚も服を脱がすことがなかった塩尻。その不可解な行動の理由を明かすため、塩尻は自宅マンションに優香を連れていく。その浴室に転がっていたのは、全裸で縛りあげられ、猿ぐつわをはめられた女性だった。
目の前に横たわる肉塊に耐えられなくなり、廊下へ飛び出した優香。あとを追う塩尻は、いとも簡単にブラジャーをはずし、衣服を剥がて、彼女を手中に収めた。12年間抱きつづけていた塩尻の欲求が、ようやく解き放たれる。優香もまた、塩尻によって猿ぐつわと手錠、強固な首輪をはめられ、涙を流しながらもどこか懐かしさを感じてしまう。
両親の反対を押し切って東京で就職し、自立した女となった優香。すべては、塩尻が優香を比喩した「大事に育てられたお嬢さん」ということばを払拭するため。誰に頼ることもせずに自分の足で自分の人生を歩いてきた。12年の時を経て、ようやく素肌に塩尻のぬくもりを感じ、彼にとっての唯一無二の存在になったと確信はずが、塩尻に「セックスの相手としての女は代替可能」と言い切られる。男女のセックスに自我など必要ない、優香を抱けないのであれば、ほかの誰かを抱けばいいだけ。
夢と現実の狭間を行き来しながら、塩尻との愛に溺れていく優香。「私」という人間を扱わずに「女」として扱う彼に憤りを感じながら、優香はなにを見つけるのだろう? “相手役”が一瞬で入れ替わるような関係のなかを、私たちは「恋愛」や「結婚」などの明確なキーワードを辿りながらゆらゆらと物語を紡いでいる。「シナリオ」を求めたがるのは、その不確かで不鮮明な未来を、少しでも自分でコントロールしたいという欲望の表れかもしれない。
(いしいのりえ)