農家の嫁35歳がモー娘。志願! 女はすべてを捨てて夢を追いかけられる?
人生、岐路に立つことは一度や二度ではありません。憧れの職業を目指すか、堅実に生きるか。この二択に迷い、夢をあきらめた人も少なくないのでは。今から再チャレンジするのは素晴らしいけど、「いくらなんでもその年で!?」という場合もあるようで……。
6月16日より「ラブ&エロス シネマ・コレクション2nd」企画第1弾として公開される映画、『農家の嫁―三十五歳、スカートの風』。農家に嫁いだ愛(嘉門洋子)・35歳が、突然モーニング娘。の新規メンバーオーディションを受けることを決意するという、タイトルからストーリーまで斬新すぎる作品です。夫(勝矢)を残し、地元の電気屋で働く元カレ(吉岡睦雄)の運転で東京を目指す愛。オーディションの結果も含めて、最後が気になる展開。
監督は、ピンク映画から商業映画まで幅広く作品を生み出している金田敬さん。本作の主人公・愛を通して考える、女の夢の追い方について語ってもらいました!
――このあまりにぶっ飛んだストーリーの着想はどんなところから?
金田 敬監督(以下、金田) 女性を描く映画をやりませんかと言われた時、ちょうど今回の脚本を書いてくれた森田(剛行)くんに、いくつかのシナリオを見せてもらっていたんです。その中の1本が、「田舎の主婦が昔叶えられなかったモー娘。のオーディションに向かう」話で。これにちょっとエロティックなシーンを入れればいけるなって思ったんです。僕はその時、沢木耕太郎さんの『世界は「使われなかった人生」であふれてる』(暮しの手帖社)という本を読んでいて。誰しも選ばなかった人生がある。そういう本を読んでいたこともあって、形にできないかなと企画を立てました。
――主人公の愛は、お昼に食べたスパゲッティが鼻から出てきたのを見て、このままじゃいけないと自分を見つめ直す。きっかけが面白いですね。
金田 はっきり言ってこの映画はそれがすべて(笑)。森田くんが書いた脚本の時点からあったんです。鼻から出たスパゲッティをじっと見て、「あぁ私はこのままじゃ嫌だ」と、農家の嫁がモーニング娘。のオーディションにチャレンジするという。
――男でも女でも35歳で何かに再チャレンジするって、遅いという意見の方が大半だと思います。ましてやアイドルになりたいという無謀なチャレンジに。
金田 映画的には、「35歳がモーニング娘。になれるわけない」ぐらいの方が面白い。これが20代後半とかだと、ひょっとしたらなれるかもしれないじゃないですか。ものすごくルックスが良くて、歌も踊りも上手かったら。でも35歳となると、「どれだけ上手くても、あんた無理だよ」っていうおかしさが出ますよね。
――愛が夫に隠れて芸能レッスンに通い始めると、それまで冷えた関係性だった夫が急に愛を気にするようになりますね。
金田 ベタかもしれないけど、この2人は一時期セックスレスだったと思うんですよ。いつも農作業でジャージみたいな格好だった奥さんが、ふとスカートをはいて外出したり、なんとなく男の影がすることを感じた時に、急にムラッとくるときが男にはあるんです。女性は、例えば旦那さんに女の影を感じた時、別にムラっとはこないでしょ?
――浮気は勘づくと思いますけど、ムラッとはこないかも……それよりも相手の女に対する怒りがわくと思います。
金田 そう、女性は「あの女には負けられない!」って気持ちになりそうですよね。でも男は、「違う男とのセックスのとき、はたして俺と同じような感じ方をしてるのか!?」みたいなことを思うんです。でもそんなこと聞けないから、悶々とする。うーん、これは俺だけなのかなぁ(笑)。でも(愛の夫役の)勝矢も共感してくれましたよ。今の若い男には、彼女や奥さんを束縛する人って増えてるじゃない? でも50歳間近の僕よりちょっと下から上の世代は、束縛もしない代わりに、「どこに行くんだ」なんて聞けもしないんですよ。
――そのほうが日本男児的でカッコよく見えますが。
金田 だけど心の中ではキィーッってなってるんですけどね(笑)。愛の元カレも出てきますが、愛に再会し、一度は女房と子どもを捨てると決意し東京への道中を共にしたおかげで、彼も日常の大切さに気づくことができた。それは愛が持つ力、存在価値なのかなって気がしますね。みんなの夢を吸収して、無謀ともいえる夢にぶつかっていく女性なんですよ。
(C)シネマ・クリエイション/レジェンド・ピクチャーズ
――男性客、女性客どちらを意識して作りましたか?
金田 やっぱりこういう映画なので、男性客を意識はしているんだけど、プロデューサーに「地方の女性が見て共感できる映画にしたい」とは言われましたね。でも、共感となると難しかったです。大学時代の映画研究会の仲間はみんな、就職期がバブルの頃だったので、テレビ局やCM会社など大手企業に就職したんですよ。そんな中で僕は就職せずに、ピンク映画の世界に入った。ところが当時の仲間が今になって、「おまえはいいよな」って言うんです。ずっと夢を追い続けて、なりたい職業になれたと。俺たちは映画は好きだったけど、いったんピリオドを打って就職した。でも「今から映画を撮りたいんだよ」って言うんですよ。「撮ればいいじゃないか」って言うと、ちゃんとした商業映画を撮りたいと(笑)。男って、「家庭や仕事など全部を守った上で夢を追いかけたい」みたいなことを、飲み屋で必ず言うんです。新宿や新橋あたりで夢を語ってる奴らって、だいたいそんな感じですから。
――今の環境を完全に捨ててまで夢に向かう勇気はないと。
金田 そうなんです。「嫁はんや子供を捨ててでもお前ら映画やれるの?」と極論を言うと、そこまでは思ってない。すべてを手に入れといて、なおかつ夢をもう一度追う自分にも酔う。だけど逆に、女の人はけっこう大胆に方向転換できるんじゃないかなって気がして。
――男性の方がロマンチストで、女性は現実的だと思ってましたが、いざとなったら覚悟ができるのは女性かもしれませんね。
金田 うん、何もかも捨てられるのは女の人って気がします。男目線で主人公の愛ちゃんを見ると、彼女は幸せな家庭があるからこそモー娘。のオーディションに行けた、って見られ方になるかもしれない。でも僕の中では、彼女は純粋にもう一度モー娘。にチャレンジしたかっただけ。落ちた後どうするかなんて、まったく考えてないんです。
――若い頃の夢に再チャレンジしたいという一心ですからね。
金田 そういえば、「なんでAKB48じゃなくてモー娘。なの」ってよく聞かれるんですよ。でも、今35歳の女の人がAKBに入りたがる話は、本当に痛いだけじゃないですか(笑)。「若い時になりたかった夢を追いかけるから、この物語は成立してるんですよ」って答えると、納得してもらえますけどね。もし彼女がAKBに入れることになったとしても、「私はモー娘。に入りたいんです。だから農家でいいです」って断るはずですよ。
――あきらめた夢はあったかなと、自分を振り返るきっかけにもなりました。
金田 女性に見ていただいて、そういう風にふと思い返してもらえるとうれしいですよね。男性のお客さんは嘉門洋子のおっぱい見に来る人が大半だと思うんですけど(笑)、女性には一歩引いて見てもらえるとうれしいです。
(Text:大曲智子)
金田敬(かねださとし)
1963年生まれ、大阪府出身。大阪芸術大学舞台芸術科を卒業後、廣木隆一、石川均監督らの助監督を務める。1990年に監督デビューし、単館系映画やVシネマを次々と発表。2003年『青いうた~のど自慢 青春編~』、2007年『愛の言霊』、2008年『愛琴抄』、2012年『富士見二丁目交響楽団シリーズ 寒冷前線コンダクター』など監督作多数。
ラブ&エロス シネマ・コレクション2nd season “Summer”
ラブとエロスをテーマにした3作品を週替わりで上映するイベントの第2弾。
6月16日(土)から7月6日(金)まで、連日21:00より池袋シネマ・ロサにて3週連続レイトショー。
公式HP⇒www.love-eros.jp
◎6月16日~22日
『農家の嫁―三十五歳、スカートの風』
監督/金田 敬 出演/嘉門洋子、勝矢、吉岡睦雄 山内としお 他
◎6月23日~29日
『ちょっとエッチな生活体験―接吻5秒前』
監督/田尻裕司 出演/浜田翔子 他
◎6月30日~7月6日
『セカンドバージンの女 通り雨』
監督/成田裕介 出演/丸純子 他
『そうだ!We’re ALIVE [Single, Maxi]』
誰にでも、「あったかもしれない人生」ってあるよね
【この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます】
・「子どもが出来ることを嫌悪する男はいない」人妻の性と恋を描いた内田春菊監督作
・「ボーイフレンドを作って出て行った」内田春菊が明かすセックスレス体験
・「小娘にはない”お母ちゃん感”で男を包む」、岩井志麻子が語る”中年の恋愛”
・結婚も出産もなく更年期を迎える……? 30代の女性監督が描く”女の選択”
・「結局女は遊べない」、大久保×鳥居×ブリトニーが語る”女の性欲”